2020年7月のこと

 「愚将は橋を落とし、賢将は川に落とす」という故事成語がある。(ない)橋を渡り敵軍から逃げる時に、愚かな将軍は橋を落とすことだけを考えるが、賢い将軍は敵軍を川に落とす方法を考える、という意味だ。(ない)つまり、目的と手段のどちらかに視点を置くかが賢愚の分かれ目になりますよ、という事を示唆している(いない)。

こういう故事成語はない。

ないけど、欲しい。日常生活において、「あ~ちょっとこういう気持ちの、こういうことを言いたいんだけど適切な故事成語がないなー!!」という悔しさを感じる場面がたまにある。あるやろ?訓示めいた意見は、こういうオブラートがなければただの嫌味にしか聞こえないだろう。「つまり、”生き馬の目を抜く”ってことですね?」という会話もできない。

故事成語は更新されない。現代で言えば、映画や小説で流行すれば、それが一般用語として昇格できる可能性はある。「プルースト効果」みたいに。ということで、おそらく新しい故事成語のようなものを作りたければ、まず物語を作らなければならないのだろう。

小説

幽霊を創出したのは誰か?/森博嗣

今回も最高だった。物語のかなり重要なターニングポイントでは?

共通思考について核心に触れた回だった。詳しい感想と解釈はこちら。

kiloannum-garden.hatenablog.com

めちゃくちゃ頑張って書いたのでもっと読まれて欲しい。これ、「本のことちょっと言い直してみただけじゃん」とも思えるんですが、自分で書くとめちゃくちゃ難しいんですよ。本当にこの「共通思考とは何か」を説明すると共通思考を目指す真賀田四季の発想の始点を追体験出来る(気がする)。つまり彼女の思考が数百年くらい先にあるということも体験できます…。

 

オクトローグ OCTOLOGUE/酉島伝法
オクトローグ 酉島伝法作品集成

オクトローグ 酉島伝法作品集成

 

酉島伝法の小説の評として、この造語の羅列による脱人間的な視点の体験がよく挙げられる。確かにその通りで、読んでいるうちに異形の生物に同化し、世界が徐々に奇異なるものに見えてくるその読書体験は酉島伝法でしか味わえない。その体験は異国の酒による酩酊にも似ており、読む毒酒とも言える。

ただ私は造語による異質な世界観や視点よりも、まず描写に生理的な嫌悪感を感じてしまう。

これは私が、虫や爬虫類が物凄く苦手で嫌いな所為なのだが、異質な世界の全てがただただ「既知の嫌悪感」になってしまうのだ。そう、この「知っている世界が奇異なものに変わっていく/いる」が全く味わえない。これは私が森の中で畑の隅で日常的に感じている恐怖、嫌悪感だからだ。『環形錮』『金星の蟲』はまさにそういう気持ち悪い話で、全く楽しめなかった。一方で『橡』『クリプトプラズム』は蟲要素が殆ど無く、気持ち良く酉島酔いが出来た。

『皆勤の徒』よりも酉島ワールドの幅が広く、誰かにお勧めするならこの本から読むのが良いかもしれない。

ただ、酉島伝法を勧めて喜んで読むような人間は大抵もう既に酉島伝法を読んでいるので、このような想定は無意味であろう。

 

心霊探偵八雲1/神永学
心霊探偵八雲1 赤い瞳は知っている (角川文庫)

心霊探偵八雲1 赤い瞳は知っている (角川文庫)

  • 作者:神永 学
  • 発売日: 2008/03/21
  • メディア: 文庫
 

この八雲ってキャラを立たせるためだけに全てがあるので、八雲に惚れることが出来なければ好きになれない。 

 時の罠/アンソロジー
時の罠 (文春文庫)

時の罠 (文春文庫)

 

 こういう「家庭は全部妻に任せてきて俺は一生懸命社会に尽くしてきた、でも今少しの献身で家庭との繋がりを再確認した」みたいな前時代的な男性の感動物語も、徐々にウケなくなっていくんだろうな。

警察小説とかハードボイルド系は、まだまだこういう男性が多いと思う。あと50年くらいしたらハードボイルド探偵(男)は育休中に自宅からZoomで事件を解決する安楽椅子探偵となるんだろうか。

絵本 

日本の妖怪百科
ビジュアル版 日本の妖怪百科【普及版】

ビジュアル版 日本の妖怪百科【普及版】

  • 発売日: 2020/01/21
  • メディア: 単行本
 

 こういうのをパラパラっと見るのが楽しい。

妖怪そのものというよりも、成り立ちや芸能への昇華のされ方が好きだ。同じような存在なのに各地で呼び名が違って、名前が複数あるとことか凄くいい。名前が複数ある単一の存在というものに憧れる。

 

漫画

ワールドトリガー葦原大介

めちゃくちゃ面白い。面白すぎて漫画で一本ブログ記事を書くというあまりしない行為に至った。とはいえこの記事は、すでにワールドトリガーを読んだ人が「そうそう!そうなんだよ!」と言うための文章なので、未読者への推薦文ではないので悪しからず...。

kiloannum-garden.hatenablog.com

「推し」とかいう気持ち悪い文化と言葉が出てきてしまった所為で、なんとなく未読者への推薦文みたいなものを丁寧に書くことに抵抗がある。ズタボロになった萌えと同じだ。

 

映画

天気の子
天気の子

天気の子

  • 発売日: 2020/03/04
  • メディア: Prime Video
 

あの大ヒットした『君の名は』の次作品だし、どうやったって比べられるからプレッシャー凄いだろうな、と思っていたらまさか監督自らRADWIMPSと組んで二番煎じをやってくるとは思わなかった。

あまり期待はしてなかったが、いくらなんでも酷い映画だった。

 

登場人物達の愚かさが物語側から用意されていて、虚しさしかない。登場人物の心の揺れ方も定まり方もあまりにも雑で、空以外全部汚い。

これは前に『言の葉の庭』でも言ったことなんだけど、視覚が受け取る透明度と感情が受け取る透明度をガタガタにさせてくるところが凄く気持ち悪い。 

kiloannum-garden.hatenablog.com

ここで言う視覚は単純なワンシーンのビジュアルだけのことではなくて、「祈りによって晴れた」だとか「大雨の中を必死で走る」だとか、登場人物たちが自ら言葉にしなくても描かれている彼らの感情を立たせるための背景のことだ。ここで受け取る透明度のようなものが、次の直接的なアクション・発言によってズタズタにされる。多分隠喩が下手なんだろうな...。『聲の形』はそれがめちゃくちゃ上手い。隠喩ね....やはり映像においてはかなり大事だと思う。

聲の形 - 千年先の我が庭を見よ 

アニメ・ドラマ

Game of Thrones

1話の時点で登場人物が全然覚えられないのでずっと1話の真ん中くらいでやめていたのだが、ようやく見始めた。1話を頑張って観きってしまえばそこからはサクサク進める。群像劇のようにカメラが切り替わるので割と飽きずに1話分見れてしまう。しかも各話最後の引きが非常に巧みで、「えっどうなるの」の気持ちでつい次の話を見てしまう。このループで延々と見せられてしまう。まんまと罠にかかった気持ちだ...。

髪型と髪色が同じだと人の区別がつかない。これはもう覚えるのはやめた。これは学術書や専門書の読書と一緒で、全てを一回目で理解し暗記する必要はなく、とにかく全体がぼやっと理解できていれば良いのだ。精読は2回目から。

あと、英語がかなり聞き取りやすい。

これは、多分単純に一台詞が短いからだと思う。GOTでは一回の台詞が大抵一度の字幕表示で終わる。これが現代ビジネスドラマやミステリだと字幕が2,3回切り替わってようやく一台詞終わる、みたいなことが多い。現代は情報社会だ。

パン

線路を越えたところにあるぶどうパンが美味しいパン屋さんがお気に入りだ。

パン屋で適切な量のパンを買うことは難しい。そういうのを気にせず買いたいパンを全て買って全部食べられるだけの金と体と時間がある、それが裕福というものだと思う。

えっ

 

食パンにマーガリンを塗ってココアとかそういう牛乳で溶いて飲む系の粉をかけてトーストすると美味い。ココアがカリカリになるんだ。

今月書いたもの

kiloannum-garden.hatenablog.com

物語の類型とジェンダーについて。

これは以前『ソラリス』の読書会をしたときに、ソラリスが「男性が3人登場し思弁的な門灯を繰り広げ、話の鍵を握るファム・ファタル的な女性は核心から疎外されているのが男性的な作品だと感じた」と言っている人がいた。

「性別入れ替えたら作品として成立するのかな、みたいな。これは百合やBLに触れるときに思考しているやつ」

「それは逆に性別を入れ替えて考えている時点で、女性・男性的というものに縛られているのではないの?」

「もちろんそうなります」

 この時、「縛られているのでは?」と問うたのは自分なのだが、この「入れ替えて考える」というジェンダーへの向き合い方に、違和感を感じたのだ。無駄な行為、というと乱暴だがそれに近しい何かズレた感覚がざらざらと残ったのを覚えている。

この感覚の源泉についてずっと考えていたのだが、今回この「美しい少女という呪縛」について考えた時にやっと答えが出た。

こういう思考と結論が出せただけでも読書会をやってよかった、とも思う。

 

kiloannum-garden.hatenablog.com

直感は間違わない。と思う。

だからこそその直感がどうやって出てきたものなのか思考の筋道を辿る行為が好きで、それはすなわち自分の感情を論理立てていく行為が好きなんだと思う。まぁそれがまさに上述の「美しい少女」の話なわけで。

以前も今、大義の話はしていない - 千年先の我が庭を見よで「自分にとって「言葉で思想を固着する」という行為がかなり精神に重要なんだなと知った。同じ行為でも、今この信念に従って行動しているという安心感がある。」と述べたが、基本的に整然としている思考体系に強い憧れがある。

........というのが、全人類の目指す理想のあるべき人類像だと思っていたのだが、そういうわけではないのだと知った回の話。危ない危ない、16タイプ性格分類診断をしていなかったら人類を滅ぼしかねない思想だった。

 

次回予告

  • 『三体Ⅱ』を未だ積んでいる。そろそろ頑張って読まないといつまでも終わらないぞ
  • 『銃・鉄・病原菌』を未だに読んでいないのだが、先日の読書会で言及している人が2人居て、やっぱ読んでおいた方が色々面白くなるなと思った。図書館で借りてこよう。
  • 今月は過去の記事の紹介が多くなってしまった。言いたいことはだいぶもう言い尽くしている。新しいものになかなか触れなくなっている所為もある。そろそろ新しいことへの挑戦が必要だ。
  • 大きいタルトが食べたい。