ホラーに求めるもの、求めないもの

ホラーによって人が理不尽な不幸に遭うのが好きではない。

それは感じている恐怖の根源が「自分の穏やかな日常が理不尽に崩される」ことだからだ。何の因果もない人間が場に残った怨念によって殺される様は、無差別殺人や快楽殺人によって突如奪われる命を見たときと同じ不快感が残る。中古住宅に憑いた怨霊が何も知らない幸せな一家を緩やかに死に追いやっていくのと、小学校に侵入した男が何も知らない子どもたちを次々と刺し殺すことに何の違いがあるのか?

 

映画で、ズワズワズワズワバーン!という大きな音や、振り返りのワッ!で怖がらせてくるのも無粋だと思う。単純に吃驚させられた不快感だけが残る。それ、幽霊じゃなくても驚くよね?タカアシガニでも同じ反応をしたと思いませんか?

 

ということで、ホラーは単純に怖くて苦手というのもあるが(あるんかい)味にうるさいのだ。既存の「怖い何か」に対する恐怖や不快感を幽霊・化物を変えて演出しているだけのホラーは好きじゃない。感情をグチャグチャに乱されたという不快感の方が大きい。私はいきなり感情をグチャグチャにされるのが大嫌いです。

泉鏡花高野聖や女客のようなホラーが読みたいと思う。

すぐそこに知らない世界がある、という未知への畏怖。美しいホラー。

 

...ということで、京極夏彦『冥談』を読んだ。

冥談 「 」談 (角川文庫)

冥談 「 」談 (角川文庫)

 

これ、文庫だとこんな直接的で面白味のないTHE・ホラー!って装丁なんだけど、単行本だとまさに「冥談」って雰囲気のイイ装丁なのだ。(単行本で読んだ)Amazonになぜかなかったので文庫版のリンクになりました。何故だ、何故無いんだ。Kindleもない。(京極先生は文字組に拘ってらっしゃるのでリフローをお許しにならないのかもしれない)それは仕方ないわね…。

 

期待以上のホラーで全作素晴らしい。

基本的に最後までよくわからないままである。呪い殺されたりもしない。

今思い出すと幼少期に奇妙な体験をしたな、あのころは何も感じていなかったけど...や「なんとなく近づいてはいけない」という淵に立つ畏れが仄かな語り口調で美しく描かれる。この蝋がゆっくりと溶けていくような独特な文章のリズムが黄昏を思わせる。上品で味わい深いホラーであった。

是非読んでほしい。