2026年上半期のあれこれ

読んだり観たり、遊んだり。

地下鉄道/コルソン・ホワイトへッド(本)

ニューヨークタイムズの21世紀のベスト小説100だかなんだかで知り、ちゃんと読もうと思って最後まで読み切ったやつ。実際に黒人奴隷の逃亡を援助する組織や人が「地下鉄道」「車掌」という隠語で呼ばれていたという史実を、本当にアメリカの地下を逃亡用の地下鉄道が走っていたら…というフィクションに昇華させた物語である。全貌の見えない地下鉄道のロマンと旅の物語は読み手を強く惹きつける一方で、逃亡を図る黒人少女の目を通して、アメリカ南部の奴隷制の様をこれでもかというほど克明に描く。

特に前半は読み進めるのがしんどいほどで、小説としては面白いものの精神的にキツくてなかなか進まなかった。でもやはり、読まなければ知らなかった時代の感情があり、自分はちゃんと読むべきだったし、読んで良かったなあと思う。薦めはしないけど、人生で読んでおいて損はない。

文学は自分が歩まなかった人生への想像力を与えてくれる(故に自分の人生に余裕のない時に味わえるものでもない)、と考えている。

 

ちなみに、これの前に『片喰と黄金』というアイルランド移民少女がカリフォルニアゴールドラッシュを目指す漫画を読んでいたのが、イイ感じに時代知識や想像の補助になった。片喰と黄金はそこまで重たくなく、フツーに面白いのでオススメ。片喰と黄金 - 北野詠一 / 第1話 アイルランド | コミックDAYS

砂と人類(本)

ゲームさんぽ土回で土に興味を持ち、『土と生命の46億年史』も読み、土オモシレェ〜となって読んだ本。残念ながら土オモシレェ〜ではなく、土という資源を巡り、人類が発展と破壊と殺戮を行なってきたという輝かしくも昏い文化が描かれている。コンクリート、人工ビーチ、埋め立て、掘削……「上質な土」というものはその場に恵まれた有限の資源であり、環境である。環境の破壊は自然の動植物だけでなく災害や農作物といった生活へも影響する。それゆえに利権と環境保護が対立し、法と倫理の行き届かない場所では人が死ぬ。

とはいえ決して環境保護を強く訴えている本ではなく(我々はコンクリートなしに生きてゆけない)、資源を利用することの裏側に何があるのかを描いた本だ。

私たちがSid Meier's Civilizationで、カタンで、あるいはAge of Empiresで噛み締めてきた資源というものの、本当の重さがここにある。

ウイングスパン(ゲーム)

去年くらいからボードゲームをせっせと遊んでおり、ずっと欲しかったやつを満を持して(?)買った。

なんとSwitchもsteamもスマホも全て出ているという恐ろしく大人気のゲームなのである。しかも電子版は鳴き声も聞けるのだ!

鳴き声?

ウイングスパンは、北米の鳥がカードになっており、コストやリターンをやりくりしながら生息地ボードに鳥カードをいっぱい出して点数を稼ぐゲームなのである。そしてなんとカードに全て違う鳥170羽(実在)が描かれており、それぞれのゲーム上での能力や生息地が実際の鳥の習性に従って設定されている。(さすがに能力は数種類だけだが) 例えば、渡りをする鳥はゲーム中の能力として、場に出された後でもカードを移動させることができる。ちなみにフレーバーテキストとしてその鳥の豆知識も載っている。

ゲームとしても楽しいが、鳥を愛でるゲームとしても!!!楽しいのである!!あんまり楽しくって1人の隙間時間でもやるためにスマホ版を買ってしまった。

当然のようにBGAにもある。

鳥が人類を変えた(本)

ウイングスパンで鳥ブームが来たため、鳥についてもっと知りたくなり、読んだ。人類に大きな影響を与えた鳥について、章ごとに分けてその鳥を巡る文化・政治・地理的な変化が書かれている。実際には、「人類が利益を見出した結果、多大な影響を受けてしまった鳥たち」であり、人類発展の罪深さを鑑みることができる。上述した土の本を読んでいたこともあり、グアノ(糞が上質な肥料となるため利権を巡り戦争が勃発)の話が一番印象に残った。資源が我々に輝かしい生を齎し、夥しい死を齎している。

鳥という存在の(人間にとっての)奥深さがよく分かる。鳥に興味があるが、野鳥観察がしたいわけじゃないんだよなぁという欲にちょうどいい本だった。

テミスの不確かな法廷(ドラマ)

「宙わたる教室」といいNHKは社会のマイノリティに焦点を向けつつ誠実な人間ドラマを描いた短い(重要)ドラマを作るのが上手い。ダラダラやるとしょーもない恋愛のスレ違いとかが入ってくるが、まとめるべき話数み絞り込んでいるのでテーマがブレない。

ドラマ演出すぎる部分はあるものの、ADHDというテーマと司法への問題提起という部分をうまく踏み込んで描いており、本当に良いドラマだなと思った。精神を抉られる要素もないので、おすすめ。

海に眠るダイアモンド(ドラマ)

毎話ボロボロに泣きながら見た傑作。私の中でニューシネマパラダイスと一位・二位を争っている。軍艦島、正式名称は端島を舞台とし、そこに住む人たちの人間模様と生活様相を描いたドラマ。

同脚本・演出家タッグによる『アンナチュラル』も『ラストマイル』も社会問題も扱いつつしっかり面白いドラマだったけど、『海に眠るダイヤモンド』は別格すぎる。石炭という資源を軸とした人間の物語…なのだが、そこには一人一人の人間による人生の果てしない重さがあり、場の生活史としての深度もあり、あまりにも“文学“がある。

ラストで呟かれる「世界遺産である前に、一人一人の人間が生きていた場」という想いが全話を通して愚直に描かれている。

朝ドラのような、過去の時代を舞台にしたドラマではなく、現代と交互に物語が進むおかげで、話の緩急やミステリ的な話の牽引があり、見やすい。恋愛も単に話を複雑にするためではなく人間の感情の交わりとして絶妙な塩梅で組み込まれている。脚本が上手すぎるよ!

上手すぎる脚本と文学によって、視聴によって受け取るものがとてつもなく重い。重いがゆえに情緒が物凄いドラマに持っていかれるので、情緒の強制リセットにはなる。「ストレス発散にドラマ一気見」ってこういうことかぁ〜

昔は、ドラマや映画が音楽や映像で読書より過激に情緒を揺さぶってくるのが嫌だったが、年をとってなんかオッケーむしろアリアリ〜になってきた。楽しめるものが増えて良かったですね。

あとそのほか読んだもの

箱庭の巡礼者たち(小説)

恒川光太郎という作家が、異常に構成が巧く、物語の構造や運び方で面白さも9割を作ってくる。逆に、キャラクターとか文学的な味わいには1割しかないので、構成が傑出していないと全体もぼんやりする。箱庭の〜は傑出しており、面白かった。まぁ、もうコレ本当に構造が全てなんだけど……。

構造と美文(アンソロジー小説)

さすが、美しい小説の数々。気になっていたが触れてない作家をいくつか読めて良かった。残虐なはずなのに滑稽さで描かれているファンタジーに弱いですね。

黄金仮面の王(小説)

久しぶりに自分が幻想小説が好きだったことを思い出せた。読んでるだけで愉悦至極の文、文、文!でも、文庫でこの薄さで2000円は高価すぎるよ……。

まとめ

今期は計らずしも資源を巡る人間の悲喜交々を味わう作品に触れることが多かった。悲喜という言葉では簡単に括れないような惨殺や破壊がある。もう少し資源を巡るあれこれは読んでいきたいので、次は材木かな。

本当のコーヒーを味わうための怠惰な苦い水

ドリップパックのコーヒーを深めのタンブラーの上に乗せ、沸騰したてのお湯をゆっくり少しだけ注いで、しばらく待った。

しばらく待つのは久しぶりのことだ。

ゆっくり少しだけ注ぐのも、久しぶりのことだった。

 

職場にある電気ケトルは沸騰するとケトルの外側が火傷しそうになるくらい熱くなるシロモノで、持ち手を掴んで注いでいても握った指の背に熱の気配が漂う。手元には常に緊張感が漂い、使い慣れないケトルの流量は読めずに、お湯はゆっくり少しだけ注がれた。

やりたくない仕事はデスクで控えていた。

 

しばらくすると、粉の表面が湿った土のようになり、それから、泥水が溢れないように慎重にお湯を注ぎ続けた。ドリップコーヒーとは、お湯の流量を適切に調節しながらお湯を絶えず注ぎ続けるゲームである。この世の全てはゲームになることができ、私はしばしば身の回りのものがゲームになることをゆるしている。お前もゲームになりたかろう。

そうして丁寧に淹れられたコーヒーは、本当に黒い。

デスクに戻り、お気に入りのコースターの上にタンブラーを置いて、温まりすぎた指先を擦ってから、もう一度スリーブを付け直して、コーヒーを飲んだ。

濃い苦みと豊かな香りが広がる、美味しい。控えさせておいた仕事に向き合い、時々コーヒーを飲み、無難なメールの文章を打ち、コーヒーを飲み、パワーポイントを開いたり閉じたりし、コーヒーを飲み、私の心拍数は徐々に上がってくる。

カフェインがすごい。

丁寧に淹れたコーヒーはカフェインがすごい。

今まで面倒くさがって浄水器の80度くらいのお湯で飲んでいたのは、毎朝小さいコーヒーメーカーで淹れていたコーヒーは何だったのか。

心臓が早鐘を打ち、信じられないくらい脳が空転しているのがわかる。コーヒーのことは何もわかっていなかった。

こんなに獰猛な飲み物だったのか、コーヒー。

すっかり冷めてしまうまで時間をかけながらコーヒーを飲み干し、無意味に高鳴る心臓を押さえながら退勤するのだった。

なんでこんなところにRPGがあるんだよ

駅によっては、駅員に話しかけると電車カードや新幹線シールが貰えることがある。

でも別に「駅員に話しかけると貰えますよ」ということがどこかに書いてあるわけでもなく、テコテコ歩いている子どもが元気よく挨拶すると突然ポケットからシールが出てきたり、ICカードの処理ミスで窓口に行くとついでに貰えたりする。

なんなんだ、なんなんだその仕組みは。

窓口にtake freeで置いてあるわけでもなく、貰えるならはっきり書いておいてくれればいいのに、なぜか「話しかけるともしかしたら貰える」という仕組みで成り立っている。

RPGの村人か?

FF、ドラクエ、テイルズ、大神……昔はそういうラッキーを見逃すことが嫌で、村に入った瞬間に入り口から順番に全ての家に立ち入り・全ての話しかけられる生き物に話しかけていたが、それで何か貰えるのはあまりにも稀で、クリアには必要のないもので、疲れ果ててしまいやめてしまった。でも最後に攻略を見ると、どこそこの村でボケッと木の下に立ってる娘に話しかけないと集まらないレシピとかあるんだ。何でだよ。いつ気付くんだよそれは。

現実もこのシステムを踏襲しており、いやもうどっちが先なのか分からないが、とにかく「話しかけるともしかしたら貰える」NPC(Nanka present character)がたくさんいる。

 

会社にもいる。

会社の場合は、基本的にプレゼントは情報であり、話しかけると「誰がそれを知っているかもしれないか」を知っているという情報を持っているNPCがいる。

そして次に「誰がそれを知っているか」を知っているNPCがいる。お前じゃなかったんかい。

ということを3ルートくらいやると、マニュアルの居場所を知っている長老が出てくる。

なんでマニュアルのファイル名これにしたの??

そこにはエクスプローラでは絶対に見つけられない独特の名前がついたExcelファイルがある。

そういう主観でつけます?

案の定、すごいセル結合がある。ウワー

 

あの頃も今も、現実にはドキドキワクワクするステータス画面も、敵を倒してレベルアップも、世界を揺さぶる使命も、全てを投げ打ってできる冒険もないが、

話しかけるともしかしたら貰える、はある。

なんでこんなところにRPGがあるんだよ。

何なんだこの現実のゲーム性は。

2025年ベスト5

ダメだ〜今年は読書月記録どころか楽しんだものコンテンツも書いている余裕がない。

でもやっぱりこの時期になるとベストを出したい気持ちが出てくるぜ!

ということで、コンテンツ種別無視で、2025年のベスト5を出していきます。

1 A short hike (ゲーム)

都会に住む鳥の少女「クレア」が、親戚のおばさんに連れてこられて「ホークピーク州立公園」を訪れたある夏のこと。

自然に囲まれた島の中で、クレアは携帯の電波が入る場所を求めて「ホークピーク」の山頂を目指すことに…。

そのハイキングの途中でちょっとだけ変わった動物たちと出会いながら、クレアが山頂で目にする素敵な何かを一緒に体験しよう!

Switch版でプレイ。優しくてかわいいゼルダライクのゲーム。時間がなくても絶対にやった方が良いし、むしろ時間がない人ほどやった方が良い。ちょっとそういう時間が必要だよ、君には。

あちこち歩き回って、小さな謎を解いて、ちょっとずつ成長して飛び回って、携帯の電波が届くという山頂を目指す。少しずつ咲いていくボヨンボヨンする花と、小さな発見が心を満たしてくれる。

それはそうとして、ここにいるみんなは優しい。みんなが「下手であること」を許している。人生が下手なこと、優しくするのが下手なこと、負ける気持ちと向き合うこと、ビーチボール、釣り、空を飛ぶこと……。クレアが上手くできるか不安そうにすると、みんな言うのだ。「だいじょうぶ、楽しめばいいんだから」

そしてそれは、ゲームデザインの根底にもしっかり存在する。

なんと、ミニゲームの釣りが、楽しいのである。

釣り竿をくれた彼は、まぁ、そんなに難しくないよ、と言う。

クレアは本当かなと言うし、私もそう思っている。でも、このゲームでは、本当に、糸を垂らして魚が食いついたら引っ張れば良いだけなのである。ビョーンって糸が伸びて、バシャーンって感じで釣れるのだ。楽しい!

ミニゲームや実績解除(メニューのちょっと分かりにくい所にある)は色々あるが、そのどれも「下手でも大丈夫、楽しんでいるうちにできるようになったら良いんだからね」というデザインになっている。みんなもそう言ってくれる。

優しさというものの一つの回答を教えてくれるゲームだ。本や漫画も色々読んだが、今回はこのゲームが今年のベストだった。

2 .橋のぽ講、ゲームさんぽ(動画)

自分が橋が好きだということに気付かせてくれたきっかけである。今年は橋のビジュアルブックだとか橋梁工学やデザインの本を読んで、知らない世界に浸っていた。タノシー

ゲームさんぽは本当に楽しくて、デススト歩荷回も物凄く面白かったし、スターウォーズ土回も楽しくて、今は『土と生命の46億年史』を読んでいる。読みたい、知りたいと思うことが増えたのが嬉しいね。

3 .チョン・セランの小説

善性を浴びる、ということを「気持ち良いことだ」と著者が理解して書いているので、本当に豊かな気持ちになれる。詳しくはこちら

4 .断片的なものの社会学/岸政彦 (ノンフィクション)

なんとなく読んで、社会が有象無象の集まりであることをちゃんと思い出した。普段、抽象化とか汎化みたいな思考の癖があるが、そうではない対極のような目線があり、時々読もうと思った。自分の思考が、自分の思考を「それが普通」と誤解してしまう瞬間が怖い(でもその恐怖を感じることは絶対にない)

このあと、岸政彦の著作を何冊か読んで、社会学ってこういう学問だったのか〜ということをちゃんと学んだりもした。

5. きみはメタルギアソリッドV:ファントムペインをプレイする(小説)

カ〜ッどいつもこいつもMGSってヨォ!全人類が共感すると思うなよ、うるせーオタクどもだぜ…とひねくれた気持ちで読み始めたが、めちゃくちゃ普通に傑作の現代マジックリアリズムだった。そこに虚実のあわいを作るかよ。

読み終わって何ヶ月もたっても、この地球上に存在するかもしれないメタルギアソリッド5ファントムペインをプレイしながら、すぐ近くに即死が存在し、社会の貧しさが大人を通して突き刺さってくる少年にとっての、「ゲーム」というまばゆい光と、その奥にある架空と、私たちが見ている大地の、リアリティというものの境目についてずっと考えてしまう。考えている。

 

総評

今年は単純な面白さに加えて、そのコンテンツを味わった後に自分の中に残るものが大きかったもの・自分の興味を広げたものがランクインする結果となった。うーん、年をとって自分の生活圏が着々と狭く密度高くなっていくことへの抵抗なのかもしれない。あっという間に「人生を誰かが面白くしてくれる確率」みたいなものがほぼゼロに近くなり、自分から何かしないと人生ってこんなんつまらなくなる一方じゃん、みたいなことにひんやりしていた。ヒエー

とはいえ可処分時間が増えているわけでもなく、でもやりたいことリストがある状態ってのはかなり健康だし良い感じなんじゃない?2026年もゆるゆる読んだり観たりプレイしていきましょう。

ちゃんと年内にベスト記事が出せたので、ヨシ!!!

 

 

橋に目覚める、枕を失う、夢で法則に気付く

橋が好きだ。好きだということにようやく気付いた。

昔から、高速道路のジャンクションやガントリークレーンだとかはなんとなく好きで、見るとテンションが上がるな〜と思っていた。ゲームさんぽの『ぽ講』で橋というものがどれだけ素晴らしいのか工学とデザインの解説を聞いて「私って橋が好きなんだ」と気付いた。その存在について知ることが楽しいと思える時、それは恋である。と平成の夏目漱石は言っている。

ということで最近は橋に関する本を読み漁っている。

橋梁工学入門みたいな本からビジュアルブックまで色々読んで、橋ができるまでみたいな土木会社の教育用の動画も見たりした。コンクリートを固める前後工程も知れて、近くの工事現場で実際にその光景を見た時は「ウワー!!これ知ってる知ってる!」とワクワクした。いくつになってもコレ進研ゼミでやったやつだ体験は気持ちいい。楽しすぎる。

来世は造船して〜と思っていたが、橋も良いかもしんない。いつ異世界転生してもいいように橋の作り方をしっかり覚えておきたい。

 

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枕難民になってしまった。

突然、どんな枕で寝ても寝起きに首が異常に凝るようになってしまい、困っている。もう困っているを通り越して悲しんでいる。ニトリで「横向き寝が楽な枕」とかいうやつを買ったが、楽ではなかった。なんだこの形。家に枕が3つくらいある状態になってしまったので、中身のパイプを詰め替えたりウレタンシートを合体させてみたり枕キメラを作り出している。でも全然最高の枕にならない。

もうこうなってくると、たぶん、首と肩の筋肉を鍛えた方が早くて、仕方なくリングフィットアドベンチャーをやっている。私の家にはSwitch2があるから、私の家にはもうSwitch2があるので、 Switch1はリングフィットアドベンチャー専用機になることにしたのだ。(Switch2が家にあるから)

あるんだよ〜〜〜〜ウィーヒッヒッヒヒ

じぶん枕というやつも調べてみたが3万円くらいするらしい。なんかのご褒美に買う値段である。

枕とか「最後はあなたのお好みです!」みたいなことばっか書いてるけど、もう事実として肉体が最高の睡眠に至れれば好みなんてものはあとから納得するものじゃあないんですか?枕、全然わからない。

この流れで言うと、マットレスのことも全然わからない。

掛け布団のことだけは分かっていて、フワフワしていて軽くて乗せてもよしくるまっても良し挟んでもよ良しの軽量羽毛布団が最高です。

 

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とある没入型ゲームにテスト参加したのが始まりだった。プレイヤーは領地を運営する長老会の1人になり、農地や市場などのコントロール、奴隷のような民の配置や購入などを采配する。マルチで運営するところが斬新で、友人たちとワイワイ言いながらプレイしていた。

正式サービスが始まるということで、全員で再度参加したところ、プレイヤーは全て奴隷になっており、ID番号が振られていた。こんなはずじゃない、抜け出さなければ、と思うが、地下施設は広く監視の目も鋭い。どうやら労働者として使い物になるよう、まず「領民様」の言葉や仕事や文化を研修させられる施設のようで、暴力や非衛生が常態化しているわけではなさそうだった。とは言え、逃げれば問答無用の死が待つのは想像に難くない。数百名いるプレイヤーはランダムなグループに分けられ、それぞれで漢字のような文字の書き取り、布の畳み方などを習う。このまま順当にいけばただの労働者奴隷の道しかなく、とりあえず友人たちがどこにいるのかを探すためにも彼らのIDを把握せねばならない。僅かな休憩時間に、名も知れぬ少年から渡された感熱紙には友人たちの名前と、数字の足し算が書いてあった。どうやらこれが、みんなのIDみたいだ。自分のIDを書こうとして、はたと気付いた。この紙がバレたら、誰が抜け出そうとしているか分かってしまう。そんなリスクを冒すわけない。そう、つまり、ここの「領民様」たちは、和算ができないのだ。計算という行為がない文化なのである。私は、自分のIDを適当な数字の足し算に変え、感熱紙に書き込んだ。

という夢を見た。

 

 

太陽光と軽やかな善意、チョン・セランを読むということ

病んだ精神に確実に効くのは、太陽光と軽やかな善意である。

まず、陽のあたる暖かなベンチに座る。

そして、軽やかな善意について心当たりがない場合は、チョン・セランを読むと良い。

保健室のアン・ウニョン先生には、目に見えない邪悪を祓う力がある。でもそれでお金を貰う退魔師ってわけでもないし、使命感に燃えてるわけでもないし、自分にできることがあって、目の前に邪悪があって、できちゃうから仕方なく祓っている人生だ。楽な人生を早々に諦めた、って言っちゃうけど、楽な人生を諦めるって利己的な人間にはできない。

 

学校では思春期のヌチョヌチョしたパワーだったり土地の歪だったりが作用して、様々なトラブルが起きる。アン・ウニョン先生は、はいはいまったくもうって感じでそいつらをバッサバッサギューンギューンって感じで倒していく。かなり苦戦しながら。

学校財閥の漢文教諭であるインピョは異常に清浄な気の持ち主で、アン・ウニョン先生はこれ幸いとばかりに利用する。インピョも、はいはいまったくもうって感じで、トラブルに付き添う。何かよくわかんなけど、自分にできることがあって、それが必要とされているなら、そこから外れる理由はない。

使命とか運命ってほど大きくも重たくもないけど、目の前にある邪悪をできる範囲で退けている。好きでやってることじゃないけど、好きじゃないからやらない自分であることは選ばなかった二人だ。

 

私たちは退魔ほどでもないけれど、こうやって時々、誰かが残した善意に助けられていることがある。

 

ゴミのない共用スペース、美しいExcel、可読性の高いコード、最新に保たれているマニュアル、個人ブログにあるニッチなトラブルシューティング

それは優しさとも違っていて、床に落ちたぬいぐるみをそっと棚に戻すような、高尚でも有益でもない小さくて軽やかな善意だ。でも誰かがやらないと、何かがめちゃくちゃに悪い方向へ行ってしまう初めの一歩だったりする。世界はまだ最悪っていうほどのところには行こうとしていない。その軽やかな善意を持った誰かがこの地球上に存在していることに、少し安堵する。

 

でも同時に、そういう誠実で善性を持った人たちがいることで保たれている仕組みは少なくない。そういう人たちが日常の端っこを少しばかり捧げてくれていることには無関心で、安らかな結果は当然そこにあるものとしてシステムが組まれている。

バーカ!

私たちは、勧善懲悪ほどの勇ましさはないものの、誠実な善人には少しのハッピーが訪れ、利己的で無遠慮な輩は穴に落ちればよいと思う。

 

チョン・セランはその願いを叶えてくれる。

アン・ウニョン先生は、くだらない社会にはちゃんと文句を垂れて、不幸も幸福も「なんやかんや」で収まるような程度で、ちゃんとそこそこの幸せに行き着く。

感情がちゃんとが尊重されたキャラクターがそこにはいて、軽やかな善意はを持つ人がハッピーエンドになるようになっている。そしてそれが「気持ちいい」ことだと、チョン・セランは知っている。

JJJ三姉弟には、ある日、特別な力が与えられる。世界はぜんぜん救えないし、どう使うかも分からないような超能力が。三姉弟は、それぞれ自分の生活からはみ出さない範囲で、その超能力を上手く使っていく。上手くっていう感覚に「悪どいことしすぎたらしっぺ返しもきそうだからやめといて、でも便利だし困り事には使っちゃお」という真っ当な倫理感覚がある。真っ当な倫理感覚があるので、やっぱり軽やかな善意が、最終的には誰かを助けている。

そういう人間味の素朴さと生活を取り巻く素朴さの間に、変で微妙な超能力がズンと佇んでいるような作品であり、滋味深い心地よさがある。

『声をあげます』は最高の短篇だ。

そのタイトルから想像のつく通り、人魚姫を換骨奪胎したお話で、そのタイトルからは想像のつかない設定が待っている。でもやっぱり、最終的には「できることがあって、それで誰かが不幸にならないなら、やりますよ」という心によるハッピーエンドがある。

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どれも、気持ちいい読書がそこにある。

生活だとか社会だとかのあまりの重さにぐったりしてしまった時に、まだ自分の心を自分で救う方法が意外とある。きっとその一つである。

パンは料理ではなく段取りアクティビティ

久しぶりにゲームをやったら、ものの10分で酔ってしまった。オエー

カメラをぐるぐると動かすタイプのゲームは慣れてないとすぐに酔う。ちょっとでもブランクがあると駄目だな、と回転する胃を抑えながら数十分でゲームを終えた。生活が落ち着いたら、時間に余裕ができたら、と娯楽を先延ばしにしていると体がついていかない〜なんてもうネットでは散々耳にするのに、自分もうっスか?みたいな気持ちでソファに伸びている。

こうして人は蕎麦を捏ねたり土器を焼いたりし始めるのだ。眼精疲労や3D酔いのしない娯楽に流れるってワケ。

 

そう、わたくしもついにパンを焼いている。

 

パン、粉とイーストと牛乳とバターを捏ねて発酵させて捏ねて発酵させて焼けばできるのだ。かんたーん!嘘です。手順はシンプルだが、段取りに難易度の9割くらいが詰め込まれているという恐ろしい料理である。料理か?私はこれを料理ではないと思う。

家でパンを焼くメリットなんて「焼き立てが食える」くらいしかないのに、えらい時間のかかる工程がいくつかあるため、焼き立てまでの時間を逆算して作り始めなければならず、そのためにまず一日の予定をすべて組み立てる必要がある。焼き立てパンのために!?そうです、焼き立てパンのために……。

パン作りは歯医者とか美容院と同じである。

とは言え、お菓子作りよりとっつきやすく、焼き立てはふかふかで楽しいアクティビティであることに間違いはない。焼き立てのウインナーロールのソーセージはマジで旨くて、ソーセージの正しい食べ方は生のパンに挟んで焼くことなのではないかというくらい、旨い。

でも趣味にできるほどではない。ちょっと段取りが負荷になりすぎる。

よーし今日はパンを焼くぞ!という気持ちを2日前くらいから用意できるなら、良いアクティビティである。