2020年6月のこと

このスタイルの月記も一年振りだ。やはりこういう記録はあったほうが良い。自分であとから読み返すのも、きっと誰かが読むのもね。私はこういう誰かの、ぼんやりした対象への文章を読むのが好きだ。読み手への何らかの感情が向いているわけでもない、内々で完結しているやつ。これどこかでも前も言ったな。

さて、今回から読書は小説とノンフィクションを分けた。そして、新たに皆様待望の絵本カテゴリが追加となりました。ワーイワーイ!子ども向けは図鑑とか伝統芸能とか科学みたいなヤツは興味の入門書として最適だ。写真もいっぱいあるし、疲れている時にダラ〜っと眺めるのに丁度いい。

とは言え、コレは別に読書記録用の月記ではないのだが、今月は本の話題ばかりになってしまった。

次回は美味しかったパンの話なども載せよう。パン!

 

小説

時砂の王/小川一水
時砂の王

時砂の王

 

『天冥の標』がかなり面白かったので、このまま小川一水を読み尽くそうとしている。表紙とあらすじから「ノリがラノベっぽいな…」と思ってたけど、まぁ…その感覚は間違って無かった。設定は壮大だが、話の大筋はシンプルで、キャラクターの設定とかキャラクター間の感情もシンプルで分かりやすい。つまり、かなり読みやすい。

ただ、個人的には、この妾口調と卑弥呼という設定がどうにもギャグっぽくて落ち着かなかった。卑弥呼という歴史上のミステリアスなキャラが、恋とリーダーシップに悩む少女をやっている、というのが薄っぺらい。歴史上の人物を美少女化するゲーム/小説に感じる軽薄さだ。ウーン、何だこのキャラは...。「無骨な壮年男性に恋慕する美少女」という皆が大好きなロマンに対して、美少女の力不足に思う。

あとエピローグの船の到着シーン、あのシーンは蛇足だなと思った。物語に救いがあることと、主人公(王)に救いがあることは別で、上手く感情移入できないと後者はかなり白けてしまう。そういうことです。

とは言え、タイムスリップで歴史を変えるとしたら…の先に広がる諸所の問題を上手くポジティブに解釈しているのは面白かった。

 青い星まで飛んでいけ/小川一水
青い星まで飛んでいけ

青い星まで飛んでいけ

 

 ラノベっぽそろそろお気付きかと思いますが、小川一水先生はラノベ出身です。読みやすいハードSFってなかなか無いので、良いよね。

この短編集はかなり良かった。ファーストコンタクトというテーマを女性的に描いた『静寂に満ちていく潮』、集合意識体である探査機の視点で描かれるファーストコンタクト『青い星まで飛んでいけ』が面白かった。

特に『静寂に満ちていく潮』が面白かったのでもう少し言及する。

この物語のエッセンスを一言で表すならこれだ。

トレントはあたしの知る限りずっと男性をやっている。男性だから外向的なのではなくて、外向的な性向を保つために都合がいいから男性を続けているんだろう。そういうすっきりした生き方も嫌いじゃない。でもご苦労様とも思う。

SEXというものが性別としても官能としても自由に――現在の常識の枠が消滅した未来。物語は、官能のSEXの自由から始まり、性別のSEXの自由さを語り、最後には異星人とのファーストコンタクトとしての結果としてのSEXの自由を描く。

性別というものが自由になった時に女性・男性という意義が残すものは何か?という常識の残滓に対する思考実験でもある。この物語ではその一つの回答として、外向的・内向的という性格の差を採用しており、そしてそれが(その性格が)社会、他者とのかかわりにおいてどういう形で現れるのか...ということを宇宙という舞台で上手く描いている。性というものが生殖を基盤とした区分けである以上、そのテーマを社会性だけでなく官能も交えて描いている。このあたりが、この物語の扱うテーマが単なる「性問題からの解放」という意味だけでなく、SFというジャンルが持つ至高のロマン――可能性が導く思考のトリップを読者に与えてくれる。

また、異星人とのコミュニケーションのシーンも素晴らしい。言語体系が異なるものとのコミュニケーションというものを非常に深いレベルで描いている。

「あたしたちの言葉を、これはリンゴです、から叩き込んでくる」

(中略)

とはいえ、もちろんコミュニケーションをとるのは大変だった。

たとえばレクリュースは「あれ」「こちら」「その球体」などの指示語が理解できなかった。逆に「前方の見通し位置にある軽いもの」「三枚以上の壁を隔てた激しく振動するもの」などを表す単語を八百語以上持っていた。視覚に頼らず、振動に頼って進化してきた生き物だからだろう。リンゴはおろか、「これ」すらわからず、this is an apple.の段階でつまづいた。

 そうして叩き込まれた異星人、レクリュースの台詞がこれだ。

「頭から尾、メラ卵族の卵族的身震いを表すところの、ふてぶてしい電撃ひょろひょろ運びは、とっくに四体節をねぶり越えて、頭ヘラをへし折りがちだった。」

言語というものが思考基盤にあり、更にその思考基盤というものがその文化・生態を元に成り立つという根源からの設定が窺い知れる。翻訳の拙さ、独自の言い回しや故事が「異なるものとの対話」の異質さを際立たせている。私達はその台詞の「分かり難さ」を通して未知との遭遇を体感出来る。言葉や認識がちゃんと通じていないという恐怖を味わえるのだ。凄いことですよ、これは……。私が小川一水作品の一番好きな所と言っても過言ではない。

 

個人的に小川一水先生の作品は、こういうテーマの描き方・表現の巧さが際立つ「ヒトでないものとのコミュニケーションもの」が抜きん出て面白いと思う。異星人や新人類だけでなく、一水先生の書くクトゥルフやら古の神やら妖怪とのコンタクトをテーマにした幻想小説も読んでみたい。宜しくお願いします。

斜め屋敷の犯罪/島田荘司
改訂完全版 斜め屋敷の犯罪 (講談社文庫)

改訂完全版 斜め屋敷の犯罪 (講談社文庫)

 

久しぶりに新本格ミステリを読んだ。本格ミステリ、カーとか綾辻行人とか挑戦したんだけど、描写の面倒くささに(読者にフェアじゃないといけないし)ちょっとダレてしまって、自分は本格ミステリは苦手だと思い込んでいた。

でもこれはとても面白かった!わけわからん殺し方だとかトリックにまともな神経をした5人くらいの刑事がずっと文句言っており、また当然湧くであろう疑問がその場でスッと提示される。そういう読者の代弁や思考の誘導路が丁寧のあって非常に心穏やかに読めた。この謎解きの強引さも私は好き。新本格は、フェアでありつつ読者の度肝を抜いたモン勝ちの本格ミステリのことを言うと思っている。

新本格ミステリでお勧めがあったら教えて下さい。

歩道橋シネマ/恩田陸
歩道橋シネマ

歩道橋シネマ

  • 作者:恩田陸
  • 発売日: 2019/11/20
  • メディア: 単行本
 

  短編集。イイ感じに恩田陸らしい不穏な掌編が多く満足の一冊だった。あの最後まで何か分からない噂話のような存在、いつもの結末の締め方、読んでいる最中の不穏さが存分に味わえる。『麦の海に沈む果実』のスピンオフ(『麦の海に浮かぶ檻』)が入っているのも嬉しい。個人的には『あまりりす』がかなり好きだった。こういう噂話の結晶や民俗的なホラーね、これ、こういうやつの長編が欲しいです。先生お願いします。

色々強引な所はあるけど、そのあたりもファンとしては期待通り。でも一つ一つの短編がかなり短くて、物足りなかったのは少し残念。

 

ヒト夜の永い夢/柴田勝家
ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫JA)

ヒト夜の永い夢 (ハヤカワ文庫JA)

 

暗い。ホラーやミステリィを匂わせる暗さではなく、ただただ物語が盛り上がりの華も無くウダウダ続く。あらすじが一番面白い。華がない。とにかく華やかさがない。多分華がない長編と聞いて皆さんは『鉄鼠の檻』を思い出したでしょうけど、あれはあれで良いんですよ。これはもう物語の緩急も宜しくない。

昭和2年。稀代の博物学者である南方熊楠のもとへ、超心理学者の福来友吉が訪れる。福来の誘いで学者たちの秘密団体「昭和考幽学会」へと加わった熊楠は、そこで新天皇即位の記念行事のため思考する自動人形を作ることに。粘菌コンピュータにより完成したその少女は天皇機関と名付けられるが――時代を築いた名士たちの知と因果が二・二六の帝都大混乱へと導かれていく、夢と現実の交わる日本を描いた一大昭和伝奇ロマン

あらすじで面白いとこが完結しちゃってるのが致命的。「粘菌コンピューターで出来た少女ロボット、その名は天皇機関!」ってもうその一文の面白さが説明不要の面白さだから、どう調理するかが難しい。結局そこは人間のイザコザや技術の奇天烈さを楽しむものなんだろうけど、私は全然面白くなかった。もうこのロボットが少女である必要も無くない?巨大なタカアシガニとかの方が面白かったんじゃないか。個性のないオッサン達がウダウダしてる導入が長すぎる。もちろんそのウダウダ…衒学的な演出が好きな人には良いのだろうけど。

この手の「魔改造歴史SF」は馬鹿らしさと(偽)科学の面白い混ぜ混ぜが難しい。魔改造された歴史という設定が面白さの核ではあるのだが、設定を長々と説明されると読者は飽きてしまう(私は飽きる)。そういう意味では、判名練の『シンギュラリティ・ソビエト』(なめらかな世界と、その敵収録)は非常に上手く、面白い作品だった。ウーム……。

ノンフィクション

宇宙がまるごとわかる本
宇宙がまるごとわかる本

宇宙がまるごとわかる本

  • 発売日: 2017/06/20
  • メディア: Kindle
 

小川一水作品を沢山読み始めて、宇宙に興味が出てきたので買った。学研から出ており、写真も沢山載っている上に説明文も平易かつ短い。小学校の図書室にあるような本だ。

私は太陽系が宇宙のどこにあって銀河系がどうあって、衛星だとか惑星の性質だとかがまるで分かってなかったのでとても良かった。なんとなーく広くてデッカイ宇宙!くらいのイメージで『天冥の標』も読んでいたけど、これを読んでやっとセレスとか木星トロヤ群の位置とか、太陽系と銀河系のスケールが理解出来た。知識がある方が楽しめる事の方が多い。

Kindleセール中なら焼き立てパン屋さんのくるみパン1個くらいの値段で買えるのでオススメだ。

絵本

いきものづくし ものづくし

miwagarden.exblog.jp

iri-seba.com

全12巻の大型図鑑絵本。大きなページいっぱいに「やさい」「おっぱいをすういきもの」「いえ」「もよう」「つの」など様々なテーマでイラストが描かれており、見ていて非常に楽しい。野菜や文具というカテゴリでの図鑑はよくあるが、「つの(のある動物)」や「驚かせる昆虫」といった生き物の独自のカテゴライズも面白い。

テーマ毎に別の人が書いており、配置や見せ方もそれぞれのイラストレーターさんに工夫があるのも見どころ。物/生き物同士の大きさが反映されているのも大きな絵本ならでは。付録として解説冊子が付いているのも良い。

残念ながら2020年は幼稚園・保育園や定期購入向け販売のみらしいので、一般人は図書館で探すかリクエストするしかない。しよう。(お金のある町の図書館にはあります。これが税収というもの)なお、一般向けは2021年販売とのこと。

映画

色々観てみよう〜とAmazon prime Videoで再生はしたんだけど、気力が2時間保たない。

『すみっコぐらし』の映画が存外最高だったと評判だったので再生したが、開始5分ののんびりとしたキャラクター紹介で耐えられなかった。向いてない。そういうのはアップテンポのOPで静止画にどでかいフォントの名前を入れて順繰り1分20秒でやって欲しい。

コンスタンティン』とか『ロードオブザリング』は楽しく観続けられたので、もしかしたら哀愁の漂うオッサンが好きなのかもしれない。人生を一度捨てて何かを背負わないと生きていけない男の諦観と哀愁はスルメみたいなもん。そういう映画のオススメを下さい。ゾンビ映画以外で。

アニメ

見てない。面白そうなオリジナルアニメは全部Netflixが持っていってしまった。

 

次回予告

  • 森博嗣の『幽霊を創出したのは誰か?』の感想を書く。これは7/4に読書会をするので、その後かな。読んだ時にミエヴィルの『都市と都市』を思い出して読もうかと思ったんだけど、図書館に無かった。仕方なく代わりに『言語都市』を借りてきた。でも未知との言語コミュニケーションがテーマっぽかったのでこれはこれで楽しみ。
  • 三体の続刊『黒暗森林』を買ったまま積んでる。最初の蟻がちまちま動くシーンでまだるっこしさを感じてしまい、積んだ。日常に擦り減っている時にああいうダラダラした文学的な描写はダルさしかない。
  • 判名練が編集したとかいう7/16発売のSFアンソロジーが気になる。「ちまみれ家族」の方は買おうかしら。
  • パン!