2021年過ぎ去った春のこと(前編)

色々読んでたんだけども全く何も書く気がなくなって放置してた。何をしてたかって?Switchで遊んでいました。

P5Sクリアレビュー 愛の果てにあるべきものは永遠 - 千年先の我が庭を見よ

とは言え溜まりすぎたし、これは読書記録代わりでもあるのでまとめて出す。放置していた所為でめちゃくちゃ多い。えっこれ前編?後編もあるの?

複眼人/呉明益

人間の喪失感と海が齎す心象世界と先住民の生活や海の環境問題という現実が絡まりながら物語は進む。そこに架空の島の少年が混じり、虚実はより奇妙なダンスを続ける。台湾という文化と歴史を持つあの島がこの物語を書く人間を産んだのか、という境地がある。ただ、表題が導くほど幻惑的な読み心地はなかった。

マジックリアリズムってこういうこと?

彼女の体とその他の断片/カルメン・マリア・マチャド 

首にリボンを巻いている妻の秘密、
セックスをリスト化しながら迎える終末、
食べられない手術を受けた私の体、
消えゆく女たちが憑く先は……。
ニューヨーク・タイムズ「21世紀の小説と読み方を変える、女性作家の15作」、全米批評家協会賞、シャーリイ・ジャクスン賞、ラムダ賞(レズビアン文学部門)他受賞、いまもっとも注目を浴びる作家を、最高の翻訳家たちが初紹介! 大胆奔放な想像力と緻密なストーリーテーリングで「身体」を書き換える新しい文学、クィアでストレンジな全8篇収録のデビュー短篇集。

女の内面のエゴイスティックに切り取られた世界とグロテスクで甘い夢想が何故か不確かな現実に包まれており、虚実夢幻をこんな出し方をしてくる小説は初めてで舌が痺れる。個人的には「セックスをリスト化しながら迎える終末」と紹介された掌編が好きだった。とてつもなく重要な情報が裏にあるのに、人間そして個人というフィルタを通す所為で非常に矮小なレンズを通してしか真実を掴めない。その本来的な「情報記録」の妙を敢えてセックスと絡ませることでより奇妙で歪なスケールギャップを生み出している。火星人と握手*1だ。

どの物語にも著者の社会的なスタンスが背景にあるので、あとがきから読んだ方が楽しめる。ただし、読書時の感情というのかな、味わいみたいなものはかなり人を選ぶとも思う。

ANIMA/ワジディ・ムアワッド

 女が死ぬ。それは過去になる。数多の動物達が観測している。殺された女に纏わる事実と会話が聞かれている。見られている。動物達の目と耳がある。人間の感情は置き去りだ。動物達は自らの宇宙と哲学とそして観測が物語を作ることに気付いてはいない。女の死はまだそこにある。

複数のカメラが空間を作り、カメラの移動は時間を作る。小説の味わいというよりは、存在しない場所に仕掛けられた見事な舞台を眺めている気分になる。小説で空間そのものを感じたことある?こんなの初めてだよ。

ただ一方でその仕掛けの所為でストーリーの進みが遅い。映像をそのまま文章にしたかのような構造のため、情報量が膨大となっており、全体的に読み易くはない。とはいえこの読書体験は非常に稀有なものだと思うので一読の価値はある。

ブートバサールの少年探偵/ディーパ・アーナパーラ

 ジン(精霊)を信じていないようで信じている、という子ども特有の思考回路がとても良い。彼らの中に、良いこと、悪いこと、世界の見え方というものが、そこに根付く文化によって穏やかに累積している。そしてそれらはまだ高度な物理法則や他人の常識によって汚されていない。

一方で物語の真実にはそういった子ども視点の発想を超える残酷さが隠されている。

この二つが両立しているのが現実である、というのが著者の最も描きたかった絵であり、そのどちらか一方に偏って寓意を見出すのは無粋というものだろう。その場所特有の子どもの無邪気さも、インドの貧困地域の闇もそこにあるものだ。

ネタバレはないので、解説・あとがきを読んでから読み始めることをお勧めする。

 

マーダーボットダイアリー/マーサ・ウェルズ

2020年上半期(私が読んだ本)ベスト1と言っていい。個人的にはエンタメ性の素直さという部分で総合点が三体を超えます。

これが面白くないって人間います?早く読んだ方が良いよ。

2010年代海外SF傑作選 

〈不在〉の生物を論じたミエヴィルの奇想天外なホラ話「“ "」、映像化も話題のケン・リュウによる歴史×スチームパンク「良い狩りを」、グーグル社員を殴った男の肉体に起きていた変化を描くワッツ「内臓感覚」、仮想空間のAI生物育成を通して未来を描き出すチャンのヒューゴー賞受賞中篇「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」……2010年代に発表された、珠玉のSF作品11篇を精選したオリジナル・アンソロジー
【収録作品】
「火炎病」ピーター・トライアス
「乾坤と亜力」郝 景芳
「ロボットとカラスがイースセントルイスを救った話」アナリー・ニューイッツ
「内臓感覚」ピーター・ワッツ
「プログラム可能物質の時代における飢餓の未来」サム・J・ミラー
「OPEN」チャールズ・ユウ
「良い狩りを」ケン・リュウ
「果てしない別れ」陳 楸帆
「“ "」チャイナ・ミエヴィル
ジャガンナート――世界の主」カリン・ティドベック
「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」テッド・チャン

 粒揃いの珠玉の短編集。非常に良かった。

何よりもやはりテッド・チャン。「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」があまりにも素晴らしすぎる。バーチャル生物に法人格を与えて人間ではないものに昇華させることで社会における権利を獲得させるという発想、一番痺れたな。生命とは何か、じゃないんだよな。そういう人類の倫理と別の速度で動いているんだ、社会は…。そういう過渡期の未来社会の描き方が見事。SFプロトタイピングを地で行く大作であろう。『息吹』に収録済みということだが、テッド・チャンを読むのは割と大変なので本アンソロジーを読んでみて「やっぱSFオモシロ!」ってなったら買うくらいでもいいと思う。

ミエヴィルの「””」が収録されているというアン・ヴァンダミア編の幻獣辞典アンソロジーThe Bestiaryが非常に気になるが邦訳が出ていないようで残念...。

ベーシックインカム/井上真偽

遺伝子操作、AI、人間強化、VR、ベーシックインカム。未来の技術・制度が実現したとき、人々の胸に宿るのは希望か絶望か。美しい謎を織り込みながら、来たるべき未来を描いたSF本格ミステリ短編集。

SFと銘打ったのはミステリに対する敬意かもしれない。その実、(世界観説明のない)ミステリの前提条件である「現代日本」に揺らぎがあるため、単純な謎解きとしてはフェアではない...が本作品ではむしろその「前提が崩れる」というのを”SF”として味わってもらおうという趣旨になっている。

趣旨通りの作品としては面白く、読みやすかった。

さよならの儀式

まぁ大体、大森望氏がやっとるSFアンソロジーでハズレはない。

石川博品式貴士が面白かった。

海辺の病院で彼女と話した幾つかのこと/石川博品

分かったぞ。良くも悪くもティーンズ男子が授業中にやる妄想を全力でそのまま小説にするタイプの人だ。残念ながら(もう)私には合わない。

この手のタイプの作家は何人かいるけども(上遠野浩平とか冲方丁とか、何なら西尾維新も)、主人公の自意識をどこまで描くかで普遍的な舌触りが変わってくる。露悪的なそれと寄り添う物語に、いつまで共感だけで溺れ同時に救われるかというのがティーンズの壁なんだろう。もう思い出せないけれども、精神的にその壁を越えてしまった事だけは確かだ。

薔薇のなかの蛇/恩田陸

17年ぶり理瀬シリーズ。『黄昏の百合の骨』『麦の海に沈む果実』のあれです。

期待通りの上質な恩田陸ミステリでございました。

恩田陸に関しては「恩田陸ミステリ」というジャンル?なのであって、それを掴んでいないと全部肩透かしという感想になる。肩透かし、というのがこの人のミステリにおける、というか「真相」におけるスタンスなのだ。別にそれは知らなくても(特に評価においては)良いところではあるが、文化背景を知ると異国料理がより素直に味わえるのと同じである。なお、そのあたりは『消滅』に最も直接的に描かれている。

でもやっぱり恩田陸で面白いのってどれ?って言われたら『麦の海に沈む果実』なんだよね。