2020年9月のこと

街の夕方からツナマヨの匂いが消えた。

夏が去る。近くの巨大な西友が潰れ、新しいスギ薬局は出来続けて、どこそこにイオンモールが出来たという話が耳に寄せられる。秋が来た。寂寞に惑わされることもなく、私たちは本州を逸れ続ける台風の行方を見守っている。たまに来る。

セブンイレブンの甘い液体やヤマザキの出す安価なスポンジと生クリームの集合体だけを追い続け、苺と檸檬と芋とチョコレートのことを四季と呼ぶ。文学的叙情など本当はどこにもない。卑近な日常を刮目せよ。

焼き芋を告げる白の愚鈍が街を秋色に染めていく。

小説

最後にして最初のアイドル/草野原々
最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)
 

あとがきに書いてあったけれど、もともと『ラブライブ!』の矢澤にこと西木野真妃の同人誌(?)だったものを、一般的な小説としてリライトしたものだった。これはアイドルというものが文字通り換骨奪胎されていく肉と魂の、存在価値と原点の物語なんだけど、それがそのままメタ的に「キャラクターの肉と魂」を問う構造になっていて面白いなと思った。いや、この構造は私が勝手にそう読んでいるだけだが....。

 

作中の一般小説としての「古川みか」というアイドルが「矢澤にこ」であったなら、この物語の面白さは数段違っていただろうな、と思う。キャラクターとはすなわち人生という「物語」を内包する存在であり、肉と魂の変容はその「物語」の瓦解と不朽の侘・寂を味わうのが肝である。(これは人間とは何か?を問うSFも同じ)

それは、「古川みか」が主人公として綴られる数ページ分の全ての文字列よりも、2クールアニメの映像の中でサブキャラクターとして時々出てきて動く「矢澤にこ」の内包する物語...つまり肉と魂の方が厚いということだ。

矢澤にこは、アニメの中でラブライブメンバーの8人や家族や名前の出てこない過去の人々のような「誰か」を通してみる彼女、がどんどん形成されていく。誰にどう話して誰がどう思い、誰と何をしてきたか、そういう他者を通して帰納的に形成されてくキャラクターなのだ。

一方で、古川みかは「アイドル」「女の子」「もう一人の女の子」という命題が先にあって、それをもとに演繹的なキャラクターだ。これは物語の成立過程というより、圧倒的に他者との関係描写が少なく、感情描写も少ないあたりで強く感じたことだ。

この差は凄く大きい。

ただこれは描写容量が大きな原因だと思うので、作品の価値とは別の話だな...と思う。

 

作品の価値っていうか、じゃあこの小説どうでした?って言うと...えー.......

個人的には別に...その...えーっと、好きじゃなかった。(好きじゃなかったんかい)

一緒に収録されていた2編もパロディを基本としている?っぽいというか、その作品の裏にある「そりゃ面白いワー!」のゲタがどうしても好きになれなくて、読まなかった。パロディ小説はあんまり好んで読まないですね...。

 

これはですねー以前に語った「パワーワードとしての芋煮会」理論です。

kiloannum-garden.hatenablog.com

そういうことです。

言鯨16号/九岡望
言鯨【イサナ】16号 (ハヤカワ文庫JA)

言鯨【イサナ】16号 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:九岡 望
  • 発売日: 2019/01/22
  • メディア: 文庫
 

最初に語られる世界観がとても好きだな。神“言鯨(イサナ)”によって造られたとされる砂の時代、という始まりも良かったし、死んだら砂になるという物理法則の謎も良かった。ファンタジーなのかSFなのか、どういう風に転ぶんだろう、この世界は一体何なんだろう?っていうワクワクだけで半分くらいまでスルスル楽しめる。

全体的には1クールアニメみたいな感じ。

 黒と白のとびら/川添 愛
白と黒のとびら: オートマトンと形式言語をめぐる冒険

白と黒のとびら: オートマトンと形式言語をめぐる冒険

  • 作者:川添 愛
  • 発売日: 2013/04/18
  • メディア: 単行本
 

法使いに弟子入りした少年ガレット。彼は魔法使いになるための勉強をしていくなかで、奇妙な「遺跡」や「言語」に出会います。最後の謎を解いたとき、主人公におとずれたのは……。あなたも主人公と一緒にパズルを解きながら、オートマトン形式言語という魔法を手に入れてみませんか?

内容としてみれば、謎解き要素のあるファンタジー形式言語が何なのか知らなかったが、面白そうだったので前知識なしで読んでいる。非常に面白い。なんとなく形式言語というものが指す存在が分かってきたが、そういう「コラム!形式言語とは」みたいな現実に戻してくる部分は一切ないので、楽しく読んでいる。

すべての誤解は「辞書さえあれば言葉の意味なんてわかる」という思い込みから始まる。その当たり前だが受け入れがたい事実を、本当の意味で教えてくれる本。

「前知識なしに読む」という体験は一度切りの不可逆の価値なので、慎重に扱ったほうがいいのだ。とてもおすすめです。

三体Ⅱ 黒暗森林(上)(下)/劉 慈欣 
三体Ⅱ 黒暗森林(上)

三体Ⅱ 黒暗森林(上)

 

 前半、というか上巻で主人公(ルオジー)がやる気を出し始めるまでが結構だるかった。

宇宙軍とか戦艦のくだりが興味なくて、ああいう人間同士の理念のすれ違いとか組織感がどうにもエンタメとして面白くない、感情移入できなかった。しかも「大峡谷」とかいう未来に起こっている人間社会の地獄、その一番面白そうなところが抜けていて非常に残念だった。

下巻から面白くなったし、あの「しずく」が出てきてからはかなり面白かった。一巻では展開の謎さと三体ゲームの面白さでそこまで気にならなかったけど、やはり三体人のやり方の「人間くささ」みたいなものがウーン...お粗末に思えてくる。わざわざウォールブレイカーで頭脳戦せずに暗殺で良かったのでは?

人間の思考は覗き見ることが出来ない、暗黒森林理論、など扱っているテーマは非常に面白かった。でも勿体ないくらいキャラクターがホッホイのホイで死ぬ。三部作とはいえ、「え!?そのキャラもう出ないの!?」みたいなところはあった。でもキャラクターではなく設定というか、SFの面白さで魅せてくる『三体』ならではだなと思う。ホッホイで退場させてもやっぱり話として面白いのは凄い。

 

「星艦地球」と「三体文明と共存する地球インターナショナル」という二つに分かれた結末はかなり面白かったので、やっぱり次巻も読みたいなとは思う。

ノンフィクション

デジタルネイチャー

十分に発達した計算機群は、自然と見分けがつかない――
デジタルネイチャー、それは落合陽一が提唱する未来像でありマニフェストである。
ポストモダンもシンギュラリティも、この「新しい自然」の一要素にすぎない。否応なく刷新される人間と社会。それは幸福の、経済の、民主政治の再定義をもたらす。新たなるパラダイムはここから始まる……!

「我々は、「ゲート」や「つなぎ目」のない世界を生み出し、標準化を多様性で置き換え、個人の幸福や不安といった人間性に由来する強迫観念をテクノロジーによって超越しうる。我々にとって必要なのは、テクノロジーが向かう未来へのビジョンと情熱だ。」(あとがきより)

凄く面白かったんですけど、ここで感想を書く気力がない。これの感想文は単位取れるレベルのレポートやろ。というかとりあえず読んだけれども半分くらいしか身に入ってない。再読しよね...。

漫画

バイオーグ・トリニティ大暮維人舞城王太郎

 大暮さんだし舞城さんだな~~という感じでした。

いやでも舞城らしいストーリィを軸にして、ちゃんと大暮ぽさもあるって味付けは凄いなと思う。そして何より、「自分の書いたストーリィ」がこんな形でこういう風に、絵に文字に紙を流れる映像になってしまったらもうクセになっちゃうよなぁと思った。本当に画集かってくらい絵が綺麗なんだけど、綺麗さ以上に「見せ方」が凄いんだよな、この人。

ラスボスっぽさを出している最中の浦野サンが好みでした。女性単体に興味なさそうな色気のある男性に弱い。

ストーリィは「あ~舞城さんだ~」という感じで、最終的にディスコ探偵になった。ディスコ探偵だし、世界は密室でできているんです、やっぱり。

映画

 ジュラシックワールド
ジュラシック・ワールド (字幕版)

ジュラシック・ワールド (字幕版)

  • 発売日: 2015/12/18
  • メディア: Prime Video
 

アホがまた正論を退けてアホやって大惨事なだけの映画だった。

全作(ジュラシックパーク)で大事故が起きて、そのあと同じ場所を別の人間が改めてテーマパーク化した...って前エピソードの続きで作っているのに、事故に対する教訓がゼロ。

スマホが出るくらい現代の話なら、生命や災害に対する予備・そしてその意識というものが20世紀と格段に違うわけで、そういう意識を反映できずに相変わらずの「アホ」の力で物語を動かしてしまうあたりにもう襤褸が出ている。真ん中の1時間くらい飛ばしました。たぶんどうせ恐竜がガオガオしてアホがギリギリ生き残って、まともなサブキャラクターが死ぬんでしょ。

遺伝子改造して賢い恐竜は別に恐竜じゃない、見た目が恐竜なだけでプレデターと何も変わらんやろ、恐竜はどこいった恐竜は…という気持ちでした。

12点。

インターステラー
インターステラー(字幕版)

インターステラー(字幕版)

  • 発売日: 2015/03/25
  • メディア: Prime Video
 

割と面白く観れた。

物語全体とエンディングは非常に美しく面白かった。登場人物の感情の着地点は見事で、見終わった後に爽快感があってそこも良かった。

ただ前半7割を使って「人間に人類は救えない」をやったあとで、そんな...愛で上手く纏めちゃいます?という気持ちはあった。ウーン解釈?次第ではそこも正当化できるんですけどね…。

この「人間に人類は救えない」、つまるところ「人間の英雄的自己犠牲精神なんてものはフィクションにおける幻想で、実際のところそんなものを持っている高潔な人間などおらず、人類は救えない」と言い切ったのはトテモ気持ち良かった。

よくある全米大号泣映画へのアンチテーゼになっているのかな。

我々人類が....近代思想を手に入れ人権を作り出し同時に与えたもう我々人類が、何か大きな種族レベルの問題にぶちあたったときはもはや「知識」で解決するしかないという非常に21世紀的な結論になっていたと思う。人類種という種族単位でできることはもう集合知しかない。全体のために個を犠牲するには我々はあまりにも賢くなりすぎたのだ。

 

まぁ何かのために生にしがみつくその感情を基本的に愛と呼ぶし、愛による行動だけは自分を裏切らないので、そういう意味では「愛」しか無いんだろうな。これは「愛は尊いもの」という信仰あってのものではあるけれども、それはそれで人類が唯一獲得した共通の信仰ではあるから、やはりこの纏め方が正しいのかもしれない。

西尾維新の『刀語』で「行動原理として金も尊厳も名声も信用できないが、愛だけは信頼に足る!」みたいな口上があったが、あれが真理なんだろうなと思う。

今月かいたもの

kiloannum-garden.hatenablog.com

世界が終わる夢を見たので、その字起こしをした。

ちなみに先のインターステラーを見る前で、特にそれに影響されたわけでもない。

世界の終わり、本当に美しくて、そして人間というものを超えてしまったときの薄い孤独と、未来というもの、そこに含まれる時間というものの概念の無意味さみたいなものを感じる経験はなかなかに稀有であろう。自分が見た夢でもトップ3に入る美しさだった。

自分の夢が好きだ。どんな小説よりも自分の夢がこの世で一番面白いと思う。

この世のものではない可能性もあるけど...。

次回予告

  • 極短編を何か書きたい(完成させたい)、あるいはもうちょい日記ぽい奴も書こうね
  • クリアしたらゲームの報告を書きます
  • 来月は森博嗣の新刊が出る!ゥゥウウウイェエイ!