概念的な無機物が肉と魂を獲得した世界とは―『ゆえに月は白銀なり』

これは獣と魂の物語だ。

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異形の新種生物が実は数千年前に異なる進化系を辿った人類だった...という話はよくある。まぁまぁネタバレになるので作品名は注釈で出すが、超能力獲得から大殺戮を経て遺伝子に攻撃抑制を刻み込まれた人類の話*1とか、必ず双子で生まれてくる民の成れ果てを巡る話*2、盲目の虎という名の間引きがある村の青い子供たちの話*3とか。

この物語では、少し毛色が違う。都市という概念的な無機物が、その身を骨とし、魂と肉を獲得することで「保濁(ホダク)」と呼ばれる害獣に成り果てていた...という未来が舞台なのだ。(ここはかなり序盤で説明があるのでネタバレではないです。)

「生命...魂とは何か」はSFにおける永遠のテーマだ。人間が肉を捨て機械を纏い思考をウェブに拡張しそれでもなお人間と呼べるのか、はたまた受精以外の方法で生まれ自我を持った人工知能は人間ではないのか...ヒトとモノが互いに漸近するその狭間で常に魂の所在が問われてきた。

しかし、魂はヒト固有のものではない。本来獣にも魂はあるわけで、「人間らしく、意識がある」というのが魂や生命の境界線ではないわけだ。「それが(ロボットではなく)人間と呼べるのか」というテーマは、そのまま獣や鳥や虫にも同じ倫理的な問いがあるべきなのだ。もし、見た目が人間ではなく中身が人間なのであれば*4、中身も外見も人間ではないものが持つ意識や自我は何なのか?*5高度な知能ではなく低度の知能を持った「生命体」と意識を持った無機物の差を埋めようとしたらどうなるのか?

ただまぁ、基本的には屁理屈のような愚問なので、正直作者もこのテーマにはそこまで多分拘ってなくて(というか、保濁とかいうデカイ謎の都市生命体を狩るとかいうのがただやりたかったのではないか)そこまで真摯な話題ではないんだけど、でもその思考実験の面白さを上手く描いている。読んでいて面白ければもう何でもイイ!イイジャナイ!しかもやっぱり架空の生き物の話は面白いじゃないですか...。しかもデカくてさ...、やはり未知の(しかもデカイ)ものに対しての畏れを信仰とするか排除とするか、その有り様で人間という生き物の生命倫理が浮き彫りになる様は面白いジャン?ネラルパウゼ然り...*6

 

話としては、どちらかというと保濁という生物から見えてくる人類史?の解明の方がメイン。 この保濁を狩る人達がストーリーの牽引を担っていて、この獣を神聖視する民・敵視する民・共存する集団...達との対立や交渉から、やがて保濁の真実と表題「ゆえに月は白銀なり」の意味が解明されていく...というのが粗筋。

この過程もかなり面白い。正直ストーリーの大筋には要らない部分がめちゃくちゃあるんだけど、好きな人には堪らない。例えば、自然の変化に対応してきた数百年の人類の生活の歴史が書かれているんだけど、その中の非効率だったり止むを得なかった不合理な部分もきちんと描かれていて、Wikipediaとか科学史を読んでいる時の「実在した人間によって決定した分岐」を辿る味が味わえる。あと、伝承や慣習が実際の科学的な危険のアラートだった、というのはかなり好きで(「子供が魂を取られる」と言われていた一帯が実は空気より重い有毒ガスの発生地帯だったとか)そういうのも楽しる。

 

 一点文句を言うとすれば、キャラクタがちょっとアニメっぽいというかラノベっぽいというか...世界観がかなり重厚で作品全体の空気が堅いのに、無意味に美少女とか同人誌が出そうな若旦那みたいなのが出てくる。好みの問題かもしれないけど、そこまでキャラ付けに味を足さなくても良かったんじゃないかなあと思う。鬱々とした薀蓄と魅力的なキャラを両立させる京極夏彦先生は凄い*7し、いっそサブキャラには特異な個性を付けずに人生という名の味付けのみで行く小野不由美先生は凄い*8ってことよ...。

 

 とはいえ、(何度も言っているけど)私はこういう架空の生態系とか慣習とかを読むのがトテモ好きなのでかなり楽しく読めた。やたら長いので、年末年始とかに読むと丁度良いと思う。*9 

*1:貴志祐介 新世界より(上) (講談社文庫)』、1000年後の日本、豊かな自然に抱かれた集落、外からの穢れを祓う注連縄で守られた町・神栖(かみす)66町に住む無邪気な子供達。全ての人類が念動力を獲得した平和な世界の中で、徐々に露呈していく先史文明の真実と「知ってしまったこどもたち」、新たなる脅威に迫られる決断...。物語全体の不穏さと独自の生態・設定描写が見事な小説。めちゃくちゃ面白い、絶対に読んだほうが良い。

*2:上田早夕里『華竜の宮(上) (ハヤカワ文庫JA)』、ホットプルームによる海底隆起で多くの陸地が水没した25世紀。人類は海上で魚舟と呼ばれる生命体に居住する海上民、その魚舟の成れ果ての害獣・獣舟と戦う陸上民に分かれて暮らしていた...。獣舟を巡る抗争、新たなる海の異変、それぞれに根付く慣習や民族対立を圧倒的なボリュームで描くバイオSF。面白い。

*3:戸田道勇『無謬の誤算(上)_(サソリオSF文庫)、日照時間が1日13時間しかない二千年先の未来。山奥の天地開闢の祖と呼ばれる大神を祭る神社のある村で行われる「盲目の虎」と呼ばれる間引きの慣習。間引かれた子供たち、決して間引かれることのない青い子供たち、繰り返される短い昼と長い夜の終わり...。SF文庫から出ているので話の核心に予想がついてしまうが、それでも閉塞的な村の陰惨さと扇情的とも言える神事をサイエンスフィクションに混ぜる手腕は見事。面白いが実在しない。

*4:これを描いたのが攻殻機動隊 S.A.C.のProduction I.G|第2話「暴走の証明 TESTATION」、涙無しでは観れない傑作である。

*5:それでこれを書いたのが、神林長平アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風 (ハヤカワ文庫JA)。未知の異星体「ジャム」と戦う人類の実戦組織FAFにおいて戦術戦闘電子偵察機雪風に乗り彼らと戦う孤独なパイロット、深井零。戦闘下という理と情の鬩ぎあう場において下される適切な判断、という正解の無い問いへの揺らぎを描いた小説。面白い。近い将来まさかの続編が出るらしい、歓喜

*6:ジェイムズ・P・ホーガン造物主(ライフメーカー)の掟 』(創元SF文庫)に出てくる巨大生物の名前。放棄された衛星開拓の中から独自進化を遂げた機械生命体たちの土地、タイタンに眠る巨大生物の屍骸とブラジルに現れた新生物の類似から世界の真実が明かされていく...という話。未読。このあらすじもタイトルから想像で書いた。当然ネラルパウゼも出てこない。

*7:文庫版 姑獲鳥の夏 (講談社文庫)、関口君に魅力なんて一切ないのに異常にキャラ立ちしている

*8:『白銀の墟 玄の月』 第一巻 十二国記 (新潮文庫)、どんだけ市政の民が出てくるねん

*9:ただしこの本は実在しない