2022年秋と冬のこと

2022年後半はなんか読みかけて放置している本が多くて、載せられるものが少なかった。あれだあれ、ペルソナ5ロイヤルやってたからだわ。仕方ないね。

小説

むらさきのスカートの女/今村夏子

うちの近所に「むらさきのスカートの女」と呼ばれている人がいる。

そしてその”わたし”はその「むらさきのスカートの女」と友達になりたい、と考えている。わたしはその一心で、むらさきのスカートの女の生活を把握し、家を特定し、行先を確かめ、職場に誘導し、交友関係を押さえる。わたしの語りを通して、読者はむらさきスカートの女が、どのような匂いのシャンプーを使っているのか、毎日どのバスで通勤しているのか、職場での第一印象から公園での子供たちとの何気ないおしゃべりの内容、上司との関係、女性チーフ達による嫌がらせなどを知ることになる。わたしという存在がこの世に存在しないかのように「目」を通した語りが綴られる。

語り手の存在の希薄さに奇妙な感覚に陥っていると、突然、店員に「アンタ、ここで何やってるの」問われたり、同僚に「あの人は下戸なのよ!」と噂されたりするシーンが飛び出し、読者は”わたし”は確かに存在する人間なのだという実感を得ることになる。

「むらさきスカートの女」の生活をこれでもかと把握しつづける人間が実在している、という薄ら寒い実感をだ。

 

はっきり言って、読んでいて何も気持ちよくない小説である。ただ決して嫌悪感を惹起させる小説として在るわけではなく、「全然気持ちよくない」がずっと続く。薄ら寒い実感と、ここに出てくる登場人物全員どうなったって別にいいな…という無愛着の果てにこれまた勝手にすれば良いんじゃないみたいな結末がハッピーエンドみたいな顔してやってくる。

全く好みではない小説だったが、感想を文字にしてみるとなかなか面白くなったなと思う。

殺戮にいたる病/我孫子武丸

私が叙述トリックという概念を知らない中学生だったらおったまげていただろうが、もう数百冊読んでるような歳だし…残念ながらヘェ~フ~ン…という感想になってしまった。

老人と海ヘミングウェイ

人生から見ればほんの数日であるこのワンシーンが、あたかも人生そのものであるかのように読める。悲哀を中心としたその「うまくいかなさ」への哀愁が多くの人の心を打ち、名作と謳われてきたのだろう。

あまり(今の)自分に向けられた作品ではないな、という感想。

一方で文章としてはやはり精錬されており、無駄なものが一切ない。ともすれば冗長に仕上げたくなってしまう、こういった物語…人間の在り方みたいなものを、これだけのボリュームに削り込んだというのが多分ヘミングウェイの良さなんだろうなと思った。

第五の季節/N・H・ジェミシン

ほかの誰もが無条件で受けている敬意を、戦い取らねばならない人に

という扉前の言葉に背筋がスッとする。

寒暖乾湿の季節とは別に、生命にとって過酷な”第五の季節”が存在する地球。菌類の異常発生や火山噴火など様々な”第五の季節”が幾たびも起こり、生命が沢山失われ、僅かに生き延びたものによって文明が作られ、歴史が紡がれ、現在に至る世界で、地球とつながる力を持つがゆえに虐げられる”ロガ”たるエッスン/ダマヤ/サイアナイトという三者の視点で物語は進んでいく。

 

この世界のルール、存在、階級、そして”ロガ”の力、差別、等々ファンタジーとSFのはざまのような読み心地。独自の架空世界の創造において「この世界独特の罵声バリエーションが存在する」というのはなかなか面白い発想だなと思った。世界のルールが違えば憎み疎まれる存在も違ってくる。ウンコが最悪じゃない常識もあるってわけ。でも見慣れない罵声で感情のリズムが合わなくなるので、読み心地としては乱されるものがあり、全体のリーダビリティの足はちょっと引っ張ってしまっているなと思った。

 

どういう風に終わるのかな、地球ってことはSF的にこれが未来とかパラレルなのかなとワクワク読み進めていたら、完全にTo Be Continued…な台詞を残して終わってしまった。

第一部完なんかーい。

どうやら三部作らしいが、世界の謎と魅力的なキャラクター達の行方はかなり気になるものの、上述の微妙な読みにくさで手が出ないでいる。気が向いたら次を読む。

わたしたち異者は/スティーヴン・ミルハウザー

表題作が最高。終わりが良い、終わりの一文が本当に良い。

詳しくはこちらの記事で触れたのでそちらを読まれたし。

語り手が異常な小説が読みたい - 千年先の我が庭を見よ

 

それ以外では、郊外に建てられた巨大なショッピングモールがやがて街を飲み込んでいく(比喩)さまを描いた「The Next Thing」が非常によかった。イオンモールが近くにあり、休日は車でイオンモールにいくのが娯楽の一つで、でもトップバリュ製品はあんまり買いたくない皆さんは読むといいです。卑近で皮肉的なSFとして非常に楽しめます。

極めて私的な超能力/チョン・ガンミョン

韓国SFの短編集。ほんの3~5ページの極短篇も含めて10篇収録。

表題作も含めた極短篇はSF的エッセンスの聞いたラブコメ(男女の軽快な妙をそういうのだとすれば)が多く、個人的にはもっとこの設定で面白く長く読みたかったなぁという気持ち。極短篇なので、どうしても落語的なオチでストンと話が落ちてしまって「上手くやったなぁ」みたいな感想にたどり着いてしまうのが惜しい。

その他の短篇も、いかにもなSF的思いつきを物語にうまく納めたものが多い。SFの面白さを少しテクニカルに楽しむ、星新一よりも人間の生身の複雑さを踏み込んで描くSFの第一歩作品として読みやすいと思う。

個人的には発想+文章+ストーリーの全体の”上手さ”みたいなものの方が強く、全体的にあんまり印象には残らなかった。私はSFに刺激を求めているので、もっと感情とか理性にビキビキくるやつが好き。

チョコレートパン/長新太

今まで読んできた絵本の中で1番好きになった。

天国の神様にお土産を持っていけるならこれを選ぶと思う。

ノンフィクション

政治学者、PTA会長になる/岡田憲治

政治学者たる筆者が、小学校のPTAにて会長になり奮闘した記録。

とはいえ、決して改革の成功・失敗譚ではなく、またPTAという存在への賛否に関する論でもない。そもそもPTAは営利・公営の組織ではないので、活動に成功や栄光はないのだ、という主張から始まる。

もちろん無駄としか思えないベルマーク集めや、謎の上からの圧、前と違ったことをやることへの周囲の漠然とした不安、形骸化した伝統、紙紙紙紙、時代の流れ…という想像通りの「ネガティブPTA」も登場する。しかし、本書は「PTAとは自治である」が念頭に置かれ、政治学者として「自治とまず」といった組織の定義の話でスタートする。そして生きている”自治”活動に関わった筆者の、人間と人間による組織活動の(生々しく)瑞々しい記録が書かれている。

そして、どうあってもそこには全員の「みんなが上手く楽しく生活ができたらいいよね」の願いがある、ということを深く知るだろう。

責難は成事に非ず。

改革や改善によって軋む感情との付き合い方に悩む人や、PTAとの付き合い方に不安を感じている人にとって良書である。

漫画

片喰と黄金

19世紀中ごろのアイルランドのジャガイモ飢饉から、従者コナーとともにカリフォニアの黄金!ゴールドラッシュを目指すアメリアちゃんの物語である。

史実をベースにした架空漫画はつい歴史のお授業になりがちだが、そういった押しつけがましさはなく、一方で奴隷問題や先住民問題、飢饉などもきちんと描いており、歴史を学ぶ面白さと読みやすさが両立している。というのも、アメリアちゃんが悩んで立ち止まらないキャラクターなので(悩んで立ち止まっていたら死ぬ世界で生きてきたので)話がちゃんと前進し続けるのだ。魅力的なキャラクターもギャグの度合いも良い。

1話が下記で読めるのでお試しあれ

(なお、途中で連載先が変わり、7巻からコミックの発売元が変わっている)

片喰と黄金 - 北野詠一 / 第1話 アイルランド | コミックDAYS (comic-days.com)

コウノドリ鈴ノ木ユウ

産科医マンガ。医療マンガにしては台詞密度が低くて読みやすいんだが、「本当はこうですよ」の説明のための無垢なバカ役が毎話出てくるので精神衛生に良くない。(妊娠は女のコトなんだから俺に言われても分かんないよ~って言う夫とか)

あとは先天性の身体イレギュラーってこんなに、こういう風に出てしまうものなのかといった学びがあった。人間の設計図はまあまあ誤謬が多い、医療と科学の発達は凄い。

 

医療マンガはどうしても生死を扱うので、そりゃドラマになるだろみたいな、なんていうかこう感動への食わず嫌い感が強くてあまり読まないんだけど、これとフラジャイルはまぁまぁ読んでる。フラジャイルも病理医マンガで面白い。

次回予告

『最愛の子ども』

『血を分けた子ども』

『ループ・オブ・ザ・コード』

うたわれるもの最終章(アニメ)

TENET(映画)