2021年過ぎ去った春のこと(後編)

オッ偉いなちゃんと後編が出てきた。想像以上にボリュームがある後編になっちゃっただわよ。

小説編(続き) 

ルート350/古川日出男

読書会課題本。

最初の「お前のことは忘れていないよバッハ」と「飲み物はいるかい」はまぁまぁ好き。話のスケールと現実味の小ささが良かった。ただ、とにかく話が、というかこの人の着地点が本当の現実にしかなくて、それが合わなかった。つまる所、この古川日出男がカッコイイと思ってること、読者だと想定している存在と自分がまったく噛み合わない。リズムに乗れないしスピリットが被らねえ。

紙の方には「補記」という名のあとがきがついていて「たぶん僕は文体については自意識過剰でモチーフについては無意識過剰だと思う」と言っていて、その通りなんだろうなと思った。

とはいえ、機会が無ければ読まなかっただろうし、何よりも「面白い」「面白くない」の元にある感情分析が様々で、これは読書会でやって(読書会が)面白かったなと思う回の一つ。全員が面白いと思う本でやってばかりもつまらんからね。

きらめく共和国/アンドレス・バルバ

ある町にどこからか現れた、
理解不能な言葉を話す子どもたち。
奇妙な子どもたちは、盗み、襲い、
そして32人が、一斉に死んだ。

あらすじのキャッチーさから、冒頭の物語の始まり方(冒頭が魅力的な小説はやはり当たりが多い!)、そして最後の着地の仕方と言い、全てに隙がない。語られる全てに無駄がない。しかし語られる全ては真実だが、その言葉の揺り籠は幻惑と不審が抱いている。マジックリアリズムってこういうこと?こういうことです。

とにかく感情の繊細な苦味を言葉にするのは巧い。言葉にすると陳腐になってしまうそれを上手く表現している。特に子供という生き物に対する大人の感情の彩度はかなり高い。

幻想とはまた違った、虚実に対する胡乱がそこにある。

2021上半期ベスト4位。

君たちは絶滅危惧種なのか?/森博嗣

WWシリーズ。前作からかなり時間があいていて、そしてシリーズ開始から長い時間が経っていて、匂わせられる重要なエッセンスに何やったっけ?となっているね。悲しいことに……。

テーマはまぁいつも通り面白かった。主人公が知識と体験と俯瞰から導く哲学の主語が、だいぶ狭い範囲になってきた気がする。それもまたそういう結論なのかもしれない。

そもそも哲学というものが人類種全体の一種の汎性思考基盤みたいなものだ。では人類の枠が曖昧になり、全体…即ち社会というものがより細分化され、それが極めて個に近い単位にまで分散された時に、そこに存在する「哲学」とはどこまでの何を言うのだろう?

アステリズムに花束を  

 SFを先付けで百合とカテゴライズしてしまうことに大きな抵抗を感じていたけど、物語そのものはとても面白いものばかりだった。

百合とSFはエンタメとしては相性が良いけれどもそれはSF側からするとそうではないと思う。現代において同性愛が(未だ)社会的に異性愛と同じポジションにない、という現実に対して「異性愛がふつう」みたいな世界観を描けば、それだけでそこに一つのフィクション…未来感が生まれる。生まれるはずなのにそれを「百合」として片付けてしまうのって安易なジャンル分けで本質を見失ってない?と思う。常識の揺らぎって本来とてもSF的なエッセンスなのに、それをカテゴライズで切り離しちゃうのってどうかしらん。

ただ、商業的に言えばそれで百合好きがSFを好きになれば儲けもんだし、逆もまたしかり、更に話題になれば万々歳である。結局、すげー商売上手いな、という感想に落ち着きます。

 ポストコロナのSF

もう少しぼかすとかと思いきや本当にポストコロナSFだった。 ふーん、て感じ。「いまこの世界に対してSF作家はどう考えるのか!?」を感じ取りたいなら、このアンソロジーよりも後出の『世界SF作家会議』を読んだ方が直接的で面白い。

とは言え執筆陣は豪華なので、きちんと面白い短編集ではある。でもまぁ、ふーんて感じやね。

小川一水の、最後の「ぼくの、名前なんですけど」の意味する所が分からなかったんですが、分かる方はこっそり教えて下さい。

 

こういう、メタ的な…現実の社会状況とか技術力みたいなものに依拠したコンテンツを"リアルタイムで"楽しむということが苦手だ。そこへ対する心の整理がつかないというか、それは時同じくして自然派性した作品と何が違うんだ?明言されたテーマに沿って我々が解読するかか?と疑念のようなものがある。恐らくそれは「5分後に驚きの結末」「どんでん返しラスト!」といった煽り文句に感じる作品を味わう上での不信感?なんだろな、うまく言えないけどザラリとした感覚に近いものだと思う。

 

上述の百合SFもそうだけども、たぶん私が商業主義を嫌いなだけかもしれんね。読書が好きだから、物語というものに美しく気高く崇高であって欲しいんだと思う。

三体Ⅲ 死神永生/劉慈欣

こういうスケールのこういう結末になると誰が予想出来ただろうか。

三体Ⅲ…というか三体全部に言える事だが、細部に粗が多いけどもアイデアと展開の妙が気持ち良く、気付けば読み終わってしまう…という感じ。粗の多い部分を(相対的に)細部にするだけの風呂敷の広げ方、という手腕でもあるのでやはり“すげー面白い小説”という評価に落ち着く。

結局、SFというものがこの著者にとって物理学に根差したオモシロフィクションというより「事象、決断、感情」という人間の不測の未来における一つのありうる仮定を描くのが肝であるというその意思の通し方がこの小説を面白くしたんだと思う。エンタメ、作者の意図、キャラクタ、エッセンス、寓意、どれをとっても皆が好きなように喋っていいし無限に解釈を語れる、最高だと思う。

 

難点を上げるとすれば、人間の愛の描き方がめちゃくちゃ雑だなと思った。物語のキーマン(男)の偏愛的な片思いが世界を救うほどの愛に繋がるというのがなかなか…作者が狂信的だなと思った。作者にそういう背景があるのだろうか?人は最初に叶わなかった恋のことを永遠に忘れられないからな…。

とはいえ恋愛慣れしていない物理オタクが世界を救うってのを3回やるのは如何なものかと思う。

ノンフィクション

世界SF作家会議

SF作家がワイワイ集まって今の(コロナ以降の)情勢を語ろうね〜という番組の文字起こし。コロナウイルスにも言及するが、それだけではなく「人類は何で滅ぶ思う?」のような突飛な話題も取り上げる。

SF作家会議というコンセプトなので、是非を問うような討論というわけではなく、未来への想像と膨大なスケールでの思考を常としている彼らがどのように見るのか、が焦点である。マァ読書会亜種みたいなもので、なかなか面白かった。

三体筆者の劉氏の意見・思想が語られていたのが(三体という物語がより味わえるようになったので)一番良かったかな。

The Address Book:世界の住所の物語/ディアドラ・マスク

本当はこの本一冊で一記事出したかったのだが気力が無くて諦めた。

…と言うほど面白い。

話は「住所」のないインドのスラムから始まる。そうだ、住所がないということは何を意味し、何を齎さないのか。

そこから話は古代ローマに遡りロンドンを経て日本、マンハッタンへ。都市計画、郵便事業と郵便探偵、ジョン・スノウのコレラマップ、通りの名前を巡る人種差別から、そして富裕ステータスとしての住所まで様々な切り口から人間の思想と社会と地理の絡み合いを描く。

私たちが当然あると思っている「住所」というものが、どれほどの社会的価値のある概念であるかを教えてくれる。是非読んで欲しい。

 EXPLORE’S ATLAS 探検家の地図

犬が踏み入れてはいけない土地があることを知っていますか?地球上でも重力が異なる場所があることも?

有り体だが、世界にはまだまだ知らない場所がこんなにある、というのを情報面からこれほど味わえる地図はなかなか無いだろう。かなり大判だが、図書館で借りた後にあまりの素晴らしさに購入した。面白い。辞書を読むのが好きな人には垂涎ものの本。私はよだれをベロベロに垂らしながら読みました。

漫画

美食探偵 明智五郎/東村アキコ

読んだ。小気味よい。小気味よいという感想、なかなか出て来るものではなく、またその感想の分析も無粋なのでイデアにしか存在せず、非常にレアである。小気味よいという感情が味わえるだけで評価がめちゃくちゃ高くなる。

東村アキコは割と自虐とか自意識への毒舌みたいなものがギャグの要にあるのが多いんだけど、これはもっと素直なギャグ漫画になっておりオススメです。

チェンソーマン/藤本タツキ

10巻まで読んだ。何かこう、自分の趣味じゃなさそうだなと思ってたけどやっぱり趣味では無かった。展開とキャラは面白かったけども、細部が好みじゃないな。

葬送のフリーレン/山田鐘人,アベツカサ

最高の漫画。2021上半期ベスト2。

ずっと読んでいたい。果てしない時の幅を感じるのが好きだし、時間感覚が違う生き物というのに凄くロマンを感じる。なりたい。

全ての章が「ヒンメルの死から」でカウントされている時間感覚にも解釈してしまうし、頻繁差し込まれる回想シーンの感情とそこにある誰かの慈しみに毎回胸を鷲掴みにされてしまう。記憶が思い出になっていく瞬間を私たちは見せられている。

あとがき

しんどすぎる、もう二度と溜め込みたくない。

今になって全部思い出しながら一気に書くなんてあまりにも計画性がない。

その計画性の無さから2021上半期ベストが散在している。どういうつもりなんだ。

 

こうしているうちにも梅雨前線は身悶えしながら遠ざかっていく。

夏はもう目の前だ。