零號琴

未だ読んでいない?君は水星にでも住んでいるのか? 

零號琴

零號琴

 

 これが小説というものだ。文語を理解し有様を想像することが出来る故に、脳が翻弄される。人類の業であり、愉悦である。嗚呼ホモ・ルーデンス

はるかな未来、特種楽器技芸士のセルジゥ・トロムボノクと相棒シェリュバンは、大富豪のパウル・フェアフーフェンの誘いで惑星“美縟”に赴く。そこでは首都“磐記”全体に配置された古の巨大楽器“美玉鐘”の500年ぶりの再建を記念し、全住民参加の假面劇が演じられようとしていた。やがて来たる上演の夜、秘曲“零號琴”が暴露する美縟の真実とは?

この小説は読む麻薬だ。読めば読むほどに音が色が感情が溢れ、圧倒的なそのイメージがバッド・トリップをもたらす。文語を理解し有様を想像することが出来る故に脳が翻弄される、ンンン気持ちいい気持ち悪い気持ぢいぃいいいいいッ....!

ハードSFを期待してもいいし、ライトノベルみたいなエンターテイメントを期待してもいい。ファンタジーを期待してもいいし、ホラーでも良いかもしれない。だってこの小説は全てであり、なにものでもない。これは、読む者によってその姿を変える。

 

ここからは読んでいる前提で行くぞ。

この小説は、

無辺の砂漠を想え。

の一言から始まる。想え、といわれて我々はイメージする。

その時点から読者はこの書に絡め取られている。続く文章は我々の脳裏に浮かんだ砂漠に熱を、匂いを、広さを、彩りを添えていく。そこから連綿と続く文字に従い、宇宙の、美縟の、美玉のイメージが脳裏に広がっていく......詩人の口上で假劇が続き、舞台が具現化するように。

この小説を呼んでいる間はずっと、既視感が纏う。そこかしこにちりばめられたオマージュの片鱗は、読み手の体に蓄積されてきた小説・ゲーム・映画・アニメ・漫画を想起させる。(ゴジラか、まどかマギカか、FF10か、エヴァか、どろろか......)美縟のサーガがそうであったように、骨を換え胎を奪い...創られた存在は美しくおぞましい。我々はその骨と肉の片鱗を個々勝手に見出して、酔うのだ。バッドトリップ!

作中で假面をつけた観客がまずサーガの「原典」を獲得したように、我々もまた目の前の「新しい小説」を読みながら、その深部に「原典」を見出している。

 

この小説そのものが假劇なのだ、いや違う、「この小説を読むという体験」が「假劇」なのだ。

 

想起...想像力はその脳に(肉に)沁み込んだ知が無くては喚起され得ない。

我々はそのことに二度気付く。零號琴が鳴り止んだ後に、そして『零號琴』を閉じた後に。

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