タイトルから望む物が全て在る『機忍兵 零牙』

 

機忍兵零牙 (ハヤカワ文庫JA)

機忍兵零牙 (ハヤカワ文庫JA)

 

凡そこの世に非ず、別の世界より来たる者を忍びと云う――数多の次元世界を制する謎の支配者集団<無限王朝>と戦い続ける伝説の忍び〈光牙(こうが)〉。その一人、零牙(レイガ)に与えられた任務は亡国の姫と幼君の護衛であった。亡命の旅路を急ぐ一行の行手に、無限王朝麾下の骸魔忍群が立ち塞がる。激突する機忍法、その幻惑の奥義の数々よ。生き残るは果たして光牙か骸魔か。絢爛たるゴシック世界、生と死の無明の狭間に展開する死闘の粋!

 

朗々と謡われるように紡がれる情景描写は活劇のようである。識字には爽快感さえ感じるだろう。

....尖塔犇く街々をなぎ倒し機巨獣が紅蓮の炎を吐く様や、手から光線を出す忍者が雑兵を一掃する様などが、鮮明に脳内に再現される。数々のアニメや映画を摂取しているオタクであれば更に容易かろう。イッパイ観てきただろ、そういうの。それだよ。

f:id:Rfeloa:20190727192312j:plain

これはメカロボット・サムライを一閃する侍。ええアニメやったね

ストーリーも衒い無く、王道を進む。傲慢で不遜な強い悪役幹部、戦場で徐々に芽生える友情と理解、貫く強い意思、お決まりの台詞に聞き慣れた前口上……そうだ、知っている。読者のオタクメモリーをビンビンに発火させてくる。俺達は―――知っている!この流れを!!そう、これはお前の中に刻み込まれたオタクメモリーに呼びかける「虐殺器官」みたいな小説だ。(この文章そのものもお前のオタクメモリーに呼びかけているぞ)

kiloannum-garden.hatenablog.com

零號琴もそうだった。

オタク・メモリーに呼びかける作品を摂取するのは気持ちイイ。オタク・メモリーはそれぞれが後天的に得る性感帯みたいなものでだからな。

 

とはいえ、個人的には手放しに絶賛できる作品ではない。

零牙登場時の、颯爽と雑兵を倒し野に降り立ち「零牙参上」と言い放つ....そのクールさに痺れていたかったのだが、読み進めるにつれ、クールさは薄れてゆく。零牙も含めた「光牙衆」とは忍でありながら情熱と優しさを持つという異色のヒーローであると分かる。また、光牙の持つ誇りと絆の源泉たる『記憶』の設定も個人的には蛇足感が強く、その激情は「忍」とはこのような存在でよいのか?という疑念もあった。

しかしこれらは個人が、読む前に本作をどう想像して、そしてどう「期待通り」であったのか?という視点にすぎないので、本作の批評には関係ないと断言して構わないだろう。

そうではない。本作には

圧倒的に艶が足りない

足りないんだよ。

侍に反して忍と言えば、邪道たる忍法にて抹殺…その手法には純粋な戦闘力だけでなく手練手管の、刃だけではない殺傷力を持つものもある。時にそれは単純な美でもって劣情を罠に誘い抹殺するものであり、情欲とともに致死の毒息を吐く忍法である。

要はエロ。

f:id:Rfeloa:20190727194759j:plain

圧倒的な艶を誇る例(バジリスク 甲賀忍法帖より)

そういうのが無い。魅力的な女忍、蟲惑的な女悪役が居てしかも主人公は男(忍)であるにも関わらずエロ要素が無い。別にモーションかけろって言ってるんじゃアないんだよ!山田風太郎リスペクトが感じられる箇所が多々あるものの、一方でその核とも言える艶の要素が全く感じられない。(山田風太郎の核は艶です)

艶とはエロだけでなく、死もまた同じである。死と隣り合わせの術を使う時、そこに艶がある。生命の価値を超える凄まじいまでの念が、その生に淫靡な華を飾る。そういうのも無いンだよな~~~!「お前の技は凄い」「敵ながらやるなお主」というやり取りはあるんだけど、その「凄い技」に対して特に代償が無いんだよな~~~。

その点が非常に残念であった。

 

とはいえ、『機忍兵 零牙』というタイトルからイメージされるワクワク要素は全て通り詰まっており、最初の5ページは期待して開いた読者の心を鷲掴みにするであろう。特に「零牙参上」のくだりには、胸踊るはずだ。

所謂「ニンジャ」と呼ばれるエンターテイメントな存在と、古典的な忍者モノの融合といったところだろう。続編も期待できそうな終わりである。

www.samurai-7.com

www.gonzo.co.jp

kiloannum-garden.hatenablog.com