ゆらめく意図

右上のおやしらず君とサヨナラしてきた。
虫歯が出来ていて、治療の場合は神経まで抜かないといけないし、そもそも役にも立っていないので抜いてしまおうとのこと。
麻酔をかけて、奥の方をグリグリグリグリ(あぁっあぁっ)
それから拷問でよく見るペンチ的なアレでグイグイグイ(ぁあっあっ)

抜けた。(ちまみれのいびつなは、ポロリ)

 抜いた後はズヌォオオンと脳までぼんやり響く甘い感覚があった。む、これはもしや痛みというやつではないだろうか。麻酔によって鈍化された痛みが何だか甘い衝撃になっているのではないだろうか。脳の中をじわじわ広がるその「ズヌォオン」に少しくらくらしながら考えた。
くらくらしている私をよそに歯科衛生士は淡々と抜歯後の注意事項の説明をする。
「抜歯後は、飲酒・入浴・運動は控えてくください」
えっ(くらくら)
「血流の良くなることはしないでください」
えっ(くらくらくら)
血流の良くなることって恋も含まれるんですか、セックスは運動に入るんですか。脳内のズヌォオンはだいぶ拡散していて、それよりも口の中に溜まっていく血の味の方が気持ち悪い。鉄の味だ、久しく味わってなかった血の味だ。
 いいえ、そんなことより恋は、どきどきしたら血流よくなったりするのではないのですか。今日はバレンタインディですよ、大丈夫なのですか。
ロキソニンを渡されながら考える。「痛み止めですよ」痛み止めなのか。
血の味が口の中にどんどん広がって、吐き出すと、まるで格闘漫画にあるように血が、ペッて。負けないぞ、ペッ。いやそれよりも今日の私は恋に落ちてはいけないのだ。
どきどきしたら、血が止まらなくなってしまう。
恋に落ちたら出血多量で死ぬかもしれないのだ。
あぁでもちょっと素敵かもしれない。死因、恋。
素敵な人がいたら、どきどきどき(だらだらだら)で、そのまま口から血を流して死んでしまうのだ。よしんば上手くいったとしても、初めてのキスは血の味とか言われてしまうのか。私は口から血を流して死ぬ。恋に落ちた所為で。

もう残っていない甘い痛みと、麻酔の残った右頬の違和感。
麻酔が切れた後にじわじわくるという痛みに怯えながら、今日はもう、どこへも行かないのだ。
恋に落ちないためにも、今日は部屋から一歩も出ないのだ。布団の奥で、誓う。