「フィクサーに挑まないか?」

タイガーマスクのような覆面を被った男がそう問いかけてきた。

口調こそ問いかけているものの、私には断るなんて選択肢は用意されていないのが分かる。そう、私はフィクサーに挑まねばならない。

 

 

夢の中は認識の世界だ。

私が「これは空を飛ぶんだ」と思えば箒でも絨毯でもスクーターでも、それは私の翼となる。

自由の世界だ……と思われがちだが、実態は違う。私達は目にするもの全てをきちんと脳内で情報として処理している。「絨毯に乗って飛んでいる」という魔法の認識と「ビルにぶつかったら痛いから高度を上げなくてはいけない」「眼下にに街並みが広がる、あれはコーヒーショップだ」「黒い鳥が飛んでいる、カラスだろうか」という常識を混同させるには、脳はあまりにも弱い。世界からは情報が絶えず流れ込んでくる。夢を自在に操ることが出来るという明晰夢は所詮箱庭での話で、真の自由を世界の中で実現させることなど、大抵の人間には出来ない。

訓練次第でその自由度を高めることが出来るが、限界がある。まだ現実で生きていくつもりなら、限界が無くてはならない。

 

フィクサーは夢の世界の住人だ。

現実の限界などない。世界の構築も崩壊も進化も衰退も思うがままだ。

フィクサーに挑まないか?」

彼が何人にも同じ問いをし、何人にも断られてきたのを私は見ている。そうだ、誰も彼もが不可能だと諦めている。そしてそういう人々の嘆きの前で、奴は今も世界をおもちゃ箱のようにして笑い続けているのだ。

 

***

 

私たちは駅のホームに立っている。

各駅停車の緑色の電車が滑り込んでくる。中は見えない。電車が止まって扉が開いても誰も出てこないし、中も見えない。中は闇があるわけでもなく靄があるわけでもなく、私にとっては「見えない」という脳の処理結果だけが直にある。仕方なく、電車の上に飛び乗る。これがフィクサーの手によるものであることは明らかだ。

やや遅れてXXXも飛び乗ってきた。彼女は私とともにフィクサーに挑む、数少ない同胞だ。見た目も名前も某アニメのキャラクターだ。

私と彼女の搭乗を待っていたかのように電車は走り出した。やがて各駅停車とは思えない速度となり、現実では考えられないほどの速度となる。風で何も見えない。

「これだけの速度で走り出したら、摩擦でまわりの家が」

XXXがそう言ったときに、その通りになった。やってしまった、彼女は苦々しい顔で口を噤む。電車が巻き起こす風が沿線の家の屋根瓦をトタンと木々をベンチを吹き飛ばしていく。吹き飛ばされた”ついでに”それらは私たち目掛けて降ってくる。フィクサーの仕業だ。物理法則も何もかも無視して飛んでくる。
「こっちは私が受け持つ!」

派手な破壊音がした。XXXがそれらを撃ち落としてくれるようだ。私はフィクサーに集中する。ははははは....!フィクサーの笑い声が聞こえた気がした。と、その瞬間に電車はふわりと浮き上がり、線路を無視して空を走り始める。

「電車が!」

「大丈夫、”銀河鉄道だったんだよ!”」

そうだ、銀河鉄道なら電車が空を飛んでもおかしくない。その言葉で、一度がくんと落ちそうになった電車は再び高度を上げ始めた。先ほどから飛んできていた屋根瓦やトタンはいつの間にかただの砲撃になっている。XXXがそれらを撃ち落としてくれる。電車は高度も速度も落とさずに走り続けている。

と、突然がくんと電車が崩れた。

足元を見ると、緑色の電車だったものは木の板の寄せ集めのようなただの箱になっている。

「これは電車!電車だから...っ!」

必死にXXXは叫ぶが、彼女の乗っていた車両....元・車両はあっけなく崩壊し、

「ごめん!駄目だ!」

ただの木の板と共に地に落ちていく。

私は必至で木の板にしがみつく。これは魔法の絨毯なのだ。だから空を飛べる。

強く意識を集中させてそう思うと、私の乗った板だけが空に残った。

次々とその定義を変容させていく「電車」を前に、私たちの脳は絶えず情報更新をかけていく。私たちは現実の知識によって認識を強制的に分解されてしまう。目に見えるものが「何」なのかを認識し続けることと、そして夢の世界で自由であり続けることは両立できない。情報は絶えず更新され、脳はたえず処理し続ける。だから私たちは「それ」をその場にあった「解釈」で常識とすり合わせて疑似的に自由を獲得する。疑似的にしか自由を獲得できない。

「あっははははっはは.....!」

風に乗ってフィクサーの笑い声がそこらじゅうで聞こえる。楽しそうだ。もはや小細工をする気もないのか、砲撃は前から後ろから自由に飛んでくる。ご丁寧に追尾付きだ。XXXを失って、私は防御する術もなく、ただただ逃げ続ける。集中していないと、板だと思ってしまいそうになる。

彼は自由だ。

常識などない。

どんどん過激になっていく砲撃に、私はもう耐えられない。

魔法の絨毯だ絨毯だ絨毯だ...と思い続けていても、人間としての知識と本能がそれを侵してくる。「砲撃が怖い」「フィクサーに勝たなければ」「ボロボロになってもう乗る場所がなくなっていく」「怖い」「落ちるんじゃないか」「こんなの、だって板じゃないか」

「板だ!」

もう駄目だった。辛うじて魔法の絨毯だと思う心と板だと認識する脳が混じりあい、私の乗っているそれはゆるゆると拙くコンクリートの建物の屋上に不時着する。速度も低下し、頼りなく落ち始めたころから、砲撃の追尾は無くなっていた。その必要はないと、この勝負はこれ以上やっていても面白くないと判断されたのだろう。完璧な負けだった。

「......」

何も言えない。とりあえずこの屋上から降りなければ、と板から降りようとした瞬間に気を抜いて、屋上から地上へ落ちた。幸い夢の中だったので落下中の恐怖だけで済んだ。痛みもない。

ただ、起き上がれないほどの疲労が私を覆っていた。雨上がりで湿ってざらざらする砂利が頬について気持ち悪い。なんとか呼吸をしようとすると、うつぶせになっていたせいで口の中に砂利が入り込んだ。苦い。指の先にも砂利が絡む。

悔しい。

その感情だけが残った。

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ここから先もまだあるが、夢特有の断続を孕んでおり文字にしにくいのでいったん締めとする。そう、これは見た夢の字起しである。(ここの文章は物語の一部ではありません)思い出しながら書いているだけなので、アイデアを形にするよりは楽かと思ったが、きちんと読める体裁にしようと思うと意外と骨が折れた。なお、なるべく忠実に再現するために、書きながら思い付く「文脈に合う感情」「情景のリズム」は意識的に消している。

夢の中の自由については、自分はこういう解釈をしていたのか、と驚くばかりだ。この自由に関する設定も、決して後から帳尻を合わせた訳ではなくて、夢の中で知っていると思っていた知識を、起きてから、思い出してそのまま書いているだけだ。無意識に教えられることは多い。というか、こんな設定が緻密な夢を見るんだな。まぁ、見るんですよ.....私は。

フィクサーに挑まないか?」だなんて、象徴的で中々楽しい夢だった。

こうして、メタ次元で”読解”すると、フィクサーは自分なのかもしれない。まぁ、事実自分なんだけども。

 

続きを小説として書くのか、続編として書くのかはまだ決めてない。