『ファミレスを享受せよ』ー自由と解放と人間性の砦

※下記では『ファミレスを享受せよ』ゲームのネタバレを含みます。ただしネタバレを甘受して読み進めた場合にはネタバレを含まないかもしれない。

 

ドリンクバーについて俺が語れることは少ない。

文化祭の打ち上げで行ったセブンティーンだとかいった名前のカラオケ屋の薄暗い通路にあった2機のドリンクバーのこと、紛い物の鳥の声が囀る少し暗めのビルの中の漫画喫茶にあった異様に明るいドリンクバーのことは覚えている。

同級生から離れて空のプラスチックコップを持ち薄暗い通路でドリンクバーを探し立ちすくす俺、どれが一番マシかという選択、全て閉ざされたブースを横切りながらところどころ穴の開いた本棚を通り過ぎる俺、ウーロン茶以外でどれが一番マシかという選択……。

俺にとってドリンクバーとは他者との廃絶であり、ドリンクバーとは消去法に揺れる己の虚しさを甘い液体で誤魔化すものだった。

俺にとってはそうだった。

 

そしてファミレスについて語れることはもっと少ない。

 

試験勉強に疲れ、息抜きを求めてムーンパレスに辿り着くところから物語は始まる。深夜にファミレスに行くのか。深夜に?ファミレス?

俺が行ったのは墓場だった。なぜなら夜の墓場には、地面に煙草と酒を広げるような奴らも大声をあげて笑う奴らもいないからだ。静寂だけがそこにある。夜の墓場はコンビニよりは治安が良い、なぜならまともな奴は墓場で集まろうとしないからだ。俺が時間を潰すために過ごしたのは墓場だった。吹き抜ける夜風が枯れ果てた仏花を散らし、闇が読書を阻み、俺は何をするでもなく、僅かな星と定期的に変わる遠くの信号を見ていた。

 

ゲームの中では永遠の時間を揺蕩うファミレスがそこにある。ムーンパレスという。偉大なる王やガラスパンと名乗る女、無為に飽きてTRPGを作ろうとしている男、部屋から出てこない女がいる。ケーキもメニューも無く店員もおらず、そしてドリンクバーがある。俺はマウスを繰ってドリンクバーのジュースを順番に呑む。水から飲む。こういう時でも俺の脳では消去法がちらついている。人生にランダム性を取り入れることができない。すべてを計算してなるべく後悔のない選択をするしかないのだ。ペンギンソーダは最後に飲み、そしてもう一度飲んだ。

 

一通り会話を楽しんだ後は、分かりにくさの極みのような間違い探しをするくらいしかやることがない。俺は仕方なくその、おそらくペラペラとしているであろう冊子に向き合うことにした。可愛さのかけらもない間違い探しにはすぐに飽きて、意味もなくドリンクバーのジュースを飲んだ。意味があってほしいと思ったが、無かったの意味だ。店内のあちらこちらを動き回りながら飲みまわる俺は他の客からしたら実に滑稽だっただろう、本当なら。でもムーンパレスの滞在客たちはどんな行為にも何も思わないだろうなと思わせるすべてで彩られていた。嘘だ、世界は黄色のみで、彩りなど皆無だった。月って本当に黄色いのか?でもとにかく、俺はゲームだからドリンクバーで何杯も飲んでいたわけでもなく、やることがないからドリンクバーに足を運んでいたのだ。周りの目など気にせずに。

 

俺はファミレスを享受していた。

 

間違い探しに勤しみ、飲み放題のドリンクを何杯も飲み、壊れた機械を定期的に触り、話題のなくなった客の間をうろつき、間違いさがしをし、ガラスシロップを飲んだ。

そしてドリンクバーはその身が本来有していた自由と解放を俺に教えてくれた。ドリンクバーとは、好きなドリンクを好きなだけ飲む場所だった。ドリンクバーのシステムを考えるとそうあるべきなのかもしれない、と思っていたが、本当にそうだったと知ったのはムーンパレスでだった。俺が、あの場所で、目の前に自動的に現れるタスク以上に、己の意思で、決定し行動し続けた「好きなドリンクを飲む」という行為。あと飲み放題という自由。無限の無為の時間の中で「選択」という人間性の最後の砦を築くもの、ドリンクバー。

 

ドリンク片手にうろつく俺はやがて物語を進め、真相やら秘密やら虚構やらに触れていく。

ただ、そうして果てに得たものなど、俺にはもう余談にすぎない。

 

エンディングの短い短いスタッフロールを眺めながら俺は、飲み放題を満喫しきったことに達成感を感じていた。真実に辿り着いたことよりも、あの間違い探しをやりおえたことよりも、だ。

 

「ファミレスを享受せよ」とあの女は言っていた。その言葉に、今の俺なら微笑むことが出来るだろう。

治安の良さを象徴するような明るい店内には、老若男女に対応した豊富なメニューとあらゆる客層に適した広いテーブルがある。深夜には必要のないこういった社会的な優しさが存分に溢れ、一方で深夜まで労働に勤しまざるを得ない誰かの犠牲で成り立ち、そしてその誰かを一人でも救うべく作られたドリンクバー。偉大なる王さえも自ら立ち上がり自ら注がねばならないドリンクバーがある。