ポストアポカリプスに対する備えは出来ているか?―『ゾンビでわかる神経科学』

2019年7月、世界には未だゾンビ......腐肉を纏い覚束ない足取りで、しかし確かな飢えと怒りを口から滴らせながら生者を襲う者.......は未だ居ない。

ネットの海に放たれた情報がどれ程の未来まで漂い続けるのかは不明だが、もし君が今、ゾンビ・バンデミックに直面し、「ゾンビ 生き残る 方法」などという検索ワードでこのブログにたどり着いているのだとしたら、

 

おめでとう!

 

有益な情報を与えよう。この本を手に入れろ。

ゾンビでわかる神経科学

ゾンビでわかる神経科学

 

以上だ。

さぁシャベルを掴んで今すぐ図書館へ向かおう! 健闘を祈る。

 

さて、ここからはまだ時間的猶予のある諸君らに向けた丁寧な解説だ。ポストアポカリプスについての精神的備えはあるか?ホームセンターに駆け込む?ほう、お前はゾンビは何が弱点で、その弱点は何故弱点なのか分かっているのか?

  

意識なく夢遊病のようにフラフラと歩き、飢えと狂気でもって人間を襲うゾンビ。

...では意識がないとは?夢遊病、睡眠状態にあるときの人間の脳と神経はどのような動きをし、それでも身体が動く場合とは脳でどのような不具合が発生しているのか?覚束ない足取りで歩く....普通に歩けないという事は、身体の何が故障しているということなのか?なぜ我々は歩く屍をきちんと「恐れ」るのか?ゾンビは何故「満腹」にならないのか?では満腹の状態とは身体がどのような信号を受け取ってそうなるのか?言葉が通じないという事は脳にどのような障害が発生し、その障害はどこで、どのように身体に影響しているのか?

 

これはゾンビという「かつて人間だったモノ」を通して、人間の脳・神経機能構造を理解し、そこからゾンビとは一体人間の「何が」失われ、動物的にどういう生き物なのかを解説する大真面目な科学書なのだ。

 

脊髄小脳失調(身体のバランス維持や動作の微調整が困難になる)は小脳の不具合だ。パーキンソン病(はっきりした短期的な目標がなければ行動開始し辛い)は大脳基底核の作用原理に不具合がある。つまり、部屋に入ってきてしっかりと生者を見定めてこちらへ歩き掴もうとしてくるゾンビは、大脳基底核は無傷だということだ。一方で、のそのそ歩き、広い歩幅、止まる事の無い動作...は小脳の不具合による症状を元に類推することができる。ゾンビは小脳に損傷があるはずだ!ゾンビは眠らない。睡眠という情報の復習ができないと、脳は新たな記憶を符号化する能力を失う。また、睡眠不足は注意力不足を招く。きわめて気が散りやすい状態のはずだ。しずかな場所で隠れていれば、ゾンビはもっと目をひくものに気をとられた瞬間に君のことを忘れてくれるはずだ。気をそらすための花火、ライトがを遠くに投げてやればもっと逃げやすい。そして、どのように逃げたってゾンビにとって「知っている道」はない!

 こうして、行動結果からどういう生態を持っているか類推すれば、その生態を利用することができる。

「夜に歩けばいいのよ。(中略)そうよ、妖魔は明かりに弱いの。夜目が利くぶん、光があると眼が弱るんだわ。寝ていたら、誰も声を上げたり身動きしたりしないでしょ。潅木や岩に寄り添って寝れば、余計に見つけにくいはずよ」

 

「開けた場所では、夜に歩く。少なくとも黄朱はそうする。―――頑丘が教えたんでなきゃ、珠晶が自分の頭で考えたんだろう。大したもんだ。」

十二国記 図南の翼/小野不由美より

知識を元に思考し行動するということは、人間が生き残るための武器だ。 

生き残り、勝ち抜き、その叡智でもって生存競争の果てに神に選ばれるための。 

 

タイトルと内容と文面からはオ★タ★クの熱い情熱が感じられるだろう。行動サンプル例として、沢山のゾンビ映画からゾンビ君達が登場する。時折挟まれる小気味良いジョークはページを捲る君の指を滑らかにしてくれる。読みやすく、非常に面白い科学書だ。外は地獄かもしれないが、束の間の娯楽をも与えてくれる。実益を兼ね備えた至上のエンターテイメント!

 

しかし、我々は知っておかねばならない。本書の内容がいかなる基盤を元に得られた叡智なのか―――犠牲を無駄にしてはならないとの見出しで始まる前書きをここに引用しておく。

人間の脳に関する知見の多くが、ケガや病気のせいで脳に障害を負った人を研究することで得られている。こうした犠牲者は、医学文献のなかではイニシャルで示される匿名の個人にすぎないが、現実には私達の愛する人々だ。(中略)なんらかの不幸な出来事の結果、彼らの人生は永久に変わってしまう。中枢神経系へのダメージによって、行動、思考、認知の仕方が変わってしまうからだ。ケガとその後の行動の変化の関係を研究することで、脳の実際の働き方について、計り知れないほどの貴重な知見が手に入る。.....

本書の多くのページがゾンビの話に費やされているように見えるかもしれない。だが実は、それはさまざまな人やものを称える頌歌なのだ。(中略)たいていは何の落ち度もないのに病気に苦しめられているうえ、白衣を着た見知らぬ男に「なぜ」とか「どうやって」などとたずねられても我慢強く接してくれた患者たちへの頌歌である。

 

生き残れ。

 

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