フリーター家を買う

フリーター、家を買う。
有川浩のノン恋愛作品。

多少ご都合主義はあるけれど、しかしてこの作品が書きたかったのは現実の不甲斐なさだとか不条理さだとは思わないのでソコには目を瞑る。むしろ、ご都合主義の甘ったるさこそ有川浩の良さだと思うのだ。
話の構成、波の作り方は流石、読む手を止めさせない引き込み方をしてくる。

フリーターの一念発起話だと思いきや、どちらかというと「上手くいかなかった」家庭の亀裂、そこにできた穴に対してどう向き合っていくのか、という事をテーマにしたものだったと思う。勿論、主人公の一念発起によって物語は進んでいくが、ただの冒険話や成功物語ではない。

家族というものは平凡であるようで何処か闇、というか泥を抱えていることが多い。それぞれが「自分は普通なんだ」と思い込みたいばかりに、些細な亀裂を誤魔化して、向き合わずに無理矢理走り抜けようとする。

主人公の一念発起までの性格はまさしくそれを表わしているのではないだろうか。
「自分は間違ってない、おかしいのは社会の方なのだ」と言って入社した会社を3ヶ月で辞め、アルバイトも合わなければ即辞める。そうやって自分の信じている「正しさ」を侵そうとするものから逃げ続ける。
家族というのは近すぎるからこそ見えなくなるものが多い。社会にある関係とは違って、切りたいと思っても切れない関係だから、全力で向かっていくことが怖いのだ。向き合って失敗すれば逃げられない、自分の過ちが気持ち悪いほどハッキリ見えてくる。だから自分の「正しさ」の揺らぐ様なことはしない。「両親は何も理解してくれない」「そんなのはお前が悪いのだ」といった、自分本位な正しさが個々人でいつの間にか出来上がり、そういった正しさを守ろうと衝突を避け続けた結果が本書では”母親の欝”という形で具現化させている。

母親の欝の発覚からは、如何にしてそれぞれが自分の正しさの愚かさを見つめられるか、を題材としている。その愚かさを見つめなおす、という意識が分かりやすく現れたのが主人公の就職活動なわけで、確かに就職が決まるまでの流れは殆どご都合主義によるものだが、そこはあまり深くつっこむべき所ではないだろう。

全体を通して、やはり上手くできた物語だなと思う。
特に家族の間の感情の揺らぎなんかは生々しい。家族だからって美しく笑っていられるわけではない。むしろ家族だからこそ、駆け引きや妥協、社交、世辞がある。そういった鬱屈感もきちんとかかれていて、ただ失敗した家庭、成功する家庭を書いただけではないのだなぁと感じさせる。おそらく、これが高校生くらいなら、カワイソウな家庭の主人公で終わってしまう。そういう意味で、家庭の歪みを書く上で主人公をフリーターにしたというのは、非常に深みを持たせた設定だと思う。

しかし有川作品に出てくる女性は強い女性ばかりだ。本書でも、主人公(フリーター)の姉が典型的なキャリアウーマン気質の姉御肌な女性だった。グズグズして動こうとしない主人公を攻め立てるわ、鬱病に理解のない父親に啖呵切るわ、正論を武器にぐいぐい戦う。後半に出てくる女性(真奈美)も高学歴で、芯の強い女性として描かれる。
このあたりも自分はご都合主義(というか理想?)の一環に思えるのだけれど、おそらく有川恋愛モノにおけるテンプレきゅんきゅん同様、物語に絞まりをつけるキャラクターとしてのテンプレなんじゃなかろうか。私はこういった設定も有川作品の味だと思うが。

余談ながら、最初にノン恋愛…と書いたものの、全くないわけではなかった。
デザート程度に恋愛要素も描かれている。相変わらず、「そんなカワイイ事されたら、襲いたくなるだろ(でも抱き寄せるに留まる)」みたいな男性と、男性の優しさを見抜いちゃう賢い女性のじれったいやり取り。うーん、でもやっぱりそういうシーンで充分にまにま・きゅんきゅんしてしまう自分。
今回も有川節、ごちそうさまでしたという感じ。

有川さんの甘さをもっとという人は『植物図鑑』
家庭という枠組みでの人間の生々しさをもっとという人は『Story Seller2』の"ヒトモドキ"をどうぞ
植物図鑑Story Seller〈2〉 (新潮文庫)