カーステレオから流れる魔笛の『復讐の炎は地獄のように我が心に燃え』を聞いて、ふと思い出す早春があった。
死んだ恋のことだ。
恋は失うでもなく破れるでもなく、死ぬことがある。
私の行っていた高校の特進クラスでは、一年と二年が三月に一泊二日の合同勉強合宿を行っていた。三月と言えども未だコートも手放せぬ時期で、ましてや山奥の廃校だか廃庁舎だかを改装した研修所だったから、私たちはずっと寒い寒いと言っていた。
勉強合宿と言っても、いくつかの特別授業があるくらいで大半は自習である。いつもの生活と違うのは、夕飯の後も教室で級友達と勉強していたことくらいだった。私は数学の問題を解きながら、友人から貸してもらったALI PROJECTを延々ループさせていた。
GOD DIVAの冒頭で上述の曲のアリアが引用されている。
級友たちのこそこそと潜めた声と石油ストーブの熱の匂いと、窓から染み出す森の夜の空気と、アリカ様の天上へ響くかのような歌声と
解き続けた数学と、
数学が得意だった先輩のことと、
その先輩とは仲がとても良かったのにお互い上手く恋愛に至れなかったことと、
それもお互い分かっていて、
過ぎた時間が何かを風化さたことと、
そして昼間に交わした気恥ずかしい挨拶と、
もうそれくらいしか交わす言葉がなかったことと、
ノートに並んだ綺麗な自分の数式と、
どうしようもなかったなという後悔の術を持たない切なさだけが
今でも昨日のように思い出せる。
墓を持たない感情は、今では音楽や風でしか追悼することができない。
復讐の心なんて一つも持ち合わせていないのに、と淡く苦いその感情の裏側で
アリカ様の天使への絶叫のようなソプラノのアリアが響いている。