アンダー・ザ・死

久々に水族館に行った。

大きな水槽で悠々と泳ぐシャチ、ウミガメ、でかい魚などを見て、やはり海は怖いなと思った。もはやイルカとかも怖いなと思った。

海が苦手である。

得体のしれない闇が数千万メートルも下に広がっているという事実、そしてそこに生命が、自分より遥かに大きな生き物が存在しているという事実が恐ろしい。私にとって広い海は、すぐそばにある死の裾でしかない。

船に乗るのなんか恐怖だ。ジェットコースターに乗るよりも、定期船とかで離島にいくほうが精神的なストレスは大きい。落ちたら死ぬ。下に死が広がっている。

 

ABZUというダイバーのような海の一族になり、海中遊泳を楽しむゲームをやったことがある。鮮やかな魚たち、優しく寄り添うイルカたち、ゆらめく海藻は幻想的だったが、天国的な虚脱でしかなかった。美しさは張り詰めた恐怖の裏返しだった。深海で自分より遥かに大きなクジラが横を泳いだ時に死を感じた。もうこれは死ぬべきだと思った。抗えない、抗ってはいけない。

 

昔はかわいいと見ていたイルカも、「いま地球のどこかで、この大きなイルカがゆうゆうと泳げるだけの広くて深くてとてつもない海が、そこにあり、そこではただヒトは死ぬだけの場所なんだ」と想像するための恐怖の導火線になってしまい、生き物としてまともに見れなくなってしまった。知識が想像にブーストをかけた状態である。

 

その夜、夢を見た。

そこは浜辺に立つ屋敷で、月明かりと常夜燈が庭を明るく照らしていた。大きな松のそばで足を止めた私は、縁側に座った当主を振り返った。夜の海に静かな波の音だけが聞こえる。彼が言った。

「海が見える家に住むもんじゃない。夜のさざ波は死にたいと思った気持ちを容易く拾いあげて死に誘い込む」

私は頷いて、屋敷を後にした。