読者の心をフラットラインまで帰してくれるー『たったひとつの冴えたやりかた』

 

たったひとつの冴えたやりかた 改訳版

たったひとつの冴えたやりかた 改訳版

 

読んだ。

名作と名高いSF*1で、タイトルだけなら知っている人も多いだろう。私もその口で、今まで読んだ事がなかった。

非常に素晴らしい短編である。短編としての完成度がとても高い。構成、物語の牽引の仕方、緩急の付け方、情報量、そして美しく締めくくられる結末。短編の名手と呼ばれる作家はそれなりにいて、マァどれをとっても見事な起承転結のストーリーだが、「完成度の高い短編」というのは中々難しい。物語全体の緩急の付け方と情報量のバランスにかなりの技巧を求められるからだ。ああ、これは短編だからこそここまで美しい読後感があるのだなと思わせなくてはいけない。*2

 

ここからは多少のネタバレありでお送りする。

何よりこの改訳が良かった。主人公のおませな、それでいて理知的で聡い少女の口調を見事に表現している。最後の部分も、この少女のこういう性格ならきっとこういう口調で決意するだろうというのがきちんと出ている。前の訳がどうなのかは知らないけど、この「改訳版」はかなり良かった。

物語構成も素晴らしい。この「ともすれば良くあるハリウッド映画」で終わってしまいそうなストーリーを、前後の宇宙大図書館だとかコメノ族だとかヒューマン学だとか星域だとかのーーー「現実からは果てしなく遠いフィクション」で挟むことで読者を物語の外側へと連れ出す。想像してみてほしい。映画館で『アルマゲドン』を観て、地球を救う英雄に感動したあと、明るくなった座席の横で銀色の異星人が「今の映画、人間すごかったね」と談笑する様を。それだ。その、ふっと感動から遠く引き離れ戻ってくる現実。この物語は後味が良いのだ。この「さっきまで感動していた」というフラットな読後感がこの小説の名作たる所以である。心を動かされたままでいる事は、心に負担がかかる。基本的に心は安定している状態が一番良い状態なのだから。

 

*1:原題の直訳じゃなくて邦題はわざとこのタイトルなんだけど、間違いなく邦題の濃縮がこの小説を一段階上へと押し上げていると思う。ジェイムズ・ディプトリー・ジュニアのSF小説の邦題は大抵めちゃくちゃカッコいい。『あまたの星、宝冠の如く』とか

*2:ダン・シモンズの『最後のクラス写真』はかなり良かった。ゾンビ小説としてシンプルでありながら、生存の緊張感と人間ドラマを見事な筆致で描いている。この短編が収録されている夜更けのエントロピー (奇想コレクションは良作揃いなのでオススメ。