文字渦の海




わかるかなぁ、と彼女は言った。
なんかもうね、あぁ君はこういう人なんだなぁって分かっちゃったんだよね、と言った。

申し訳なさそうに、言っていた。
ローテーブルを挟んで、もう終わりにしようって呟いた彼女。
わかったよ、と僕が言ってから、彼女は楽しかった思い出を語りだした。貰ったピアス、捨てないね、と笑っていた。
あ、今彼女は清算しているんだな、とぼんやり僕はそれを聞いていた。

もしかしてこれはもっと、抵抗した方がドラマチックだったのかしらん。

楽しかったね、と言われても僕らの関係はほんの2,3分前に終わっているのだし、
ピアスを捨てるかどうかなんて僕は聞きたくなかったし、
僕も僕が悲しみにくれる姿なんて見せたくないんだけど。
だってほら、そろそろ夏が終わるからね。

そんな僕にはお構いなしで彼女の清算は続く。
水族館に行ったでしょう、と彼女が語り始めた。
5月に水族館に行ったでしょう、イルカは見なかったけど。

うん、と僕は頷いた。イルカショー見ませんでしたね。

あの時、クラゲコーナーでね、私がクラゲを見ていたとき、君はブラックライトに照らされた白い服の発光具合について喋ってたんだよ。
その時にね、分かったんだよね。
この人は私がクラゲを見ているときに、そんな事より、白い服が光ってる方が気になっちゃうんだって。分かんないと思う。でもね、私はクラゲを見ていたかったし、クラゲの良さを一緒に味わいたかったの。でも君は水族館に行って、魚を見て、そのほかはブラックライトを見る人なんだなって。
分かってる、多分そんなことはないって言うと思う。
だけど私はそう思っちゃって、あぁ君はこういう人なんだなぁって。

ごめんね、と僕は言ってみた。良く分からなかったけど。
彼女もごめんね、と言っていた。良く分からなかったけど。

もし僕があの時ブラックライトじゃなくて、クラゲを見て、その極彩色に見とれていたら何か変わったかな。
とは言わなかった。

いろいろあったね、とピアスを捨てないらしい僕の元彼女が締めくくったので、僕はありがとうと言って、潔く(なるように)彼女の家を出た。

月明かりに照らされて、夜風の涼しさに少しばかりの哀愁を感じながら歩いていた。

僕がクラゲだったら良かったんじゃないだろうか。

ふとそんな事を考えた。
ブラックライトそっちのけで彼女にじっと見つめられて、僕はふわふわずっと水の中を漂っているだけで良いの。
ふわふわふわふわ
それだけで愛してもらえるんじゃないのかしらん。

クラゲだったら。

ふと足を止めてみる。りりりりりりりと虫の音が聞こえる。

でもやっぱり残念ながら僕はクラゲじゃないし、1時間前から僕は恋人のいない26歳だし、現在失恋中の男なんだろう。

歩きながら、そうか、僕は振られたんだな、と思い出して 少し、悲しんでみた。

しばらくブラックライトには近づけそうもない。